・・・菊池の前途もこの意味では艱険に富んでいそうである。巴里や倫敦を見て来た菊池、――それは会っても会わないでも好い。わたしの一番会いたい彼は、その峰々に亘るべき、不思議の虹を仰ぎ見た菊池、――我々の知らない智慧の光に、遍照された菊池ばかりである・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・私たち夫妻を凌辱し、脅迫する世間に対して、官憲は如何なる処置をとる可きものか、それは勿論閣下の問題で、私の問題ではございません。が、私は、賢明なる閣下が、必ず私たち夫妻のために、閣下の権能を最も適当に行使せられる事を確信して居ります。どうか・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・対して当該政治家の手腕器度を称揚する事はあっても革命党に対してはトンと同感が稀く、渠らは空想にばかり俘われて夢遊病的に行動する駄々ッ子のようなものだから、時々は灸を据えてやらんと取締りにならぬとまで、官憲の非違横暴を認めつつもとかくに官憲の・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そのくせ、昔の先生に対してさえ、今は、官憲としての権力を振りまわして威張っていた。そして、旧師に対するような態度がちっともなかった。運動をやっている者は、先生だって、誰だって悪いというような調子だ。傍で見ても小面が憎かった。彼は、三人のあと・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・その争議団が、官憲や反動暴力団を蹴とばして勇敢にモク/\と立ちあがると、その次には軍隊が出動する。最近、岐阜の農民の暴動に対して軍隊が出動した。先年の、川崎造船所のストライキに対して、歩兵第三十九聯隊が出動した。三十九聯隊の兵士たちは、神戸・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ この所説もはなはだ半面的な管見をやや誇張したようなきらいはあろうが、おのずから多少の真を含むかと思うのである。 結語 科学と文学という題のもとに考察さるべき項目はなお多数であろうが、まずこのへんで擱筆して余は他・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・板垣退助を戴いた自由党が全盛の時代であったので、軍人の子供である自分は、「官権党の子」だという理由でいじめられた。東京訛が抜けなかったために「他国もんのべろしゃ/\」だと云っていじめられた。そうして、墨をよこさなければ帰りに待伏せすると威か・・・ 寺田寅彦 「鷹を貰い損なった話」
・・・としたのがあったのを覚えている。官権党対自由党の時代であったのである。今のブル対プロに当たるであろう。歴史は繰り返すのである。「諸学須知」「物理階梯」などが科学への最初の興味を注入してくれた。「地理初歩」という薄っぺらな本を夜学で教わっ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ここではただそういう意識を心頭に置き、そうしてその上に立って蕉門俳諧そのものの本質に関する若干の管見を述べるよりほかに現在の自分の取るべき道はないのである。 俳諧はわが国の文化の諸相を貫ぬく風雅の精神の発現の一相である。風雅という文・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・その人たちとしては一応もっともな議論ではあろうが、ただの科学者から見るとごくごく狭い自分勝手な視角から見た管見的科学論としか思われない。 科学者の科学研究欲には理屈を超越した本能的なものがあるように自分には思われる。 蜜蜂が蜜を集め・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
出典:青空文庫