・・・彼は野生になったティモシーの茎を抜き取って、その根もとのやわらかい甘味を噛みしめなどしながら父のあとに続いた。そして彼の後ろから来る小作人たちのささやきのような会話に耳を傾けた。「夏作があんなだに、秋作がこれじゃ困ったもんだ」「不作・・・ 有島武郎 「親子」
・・・娘の白い頤の少しばかり動くのを、甘味そうに、屏風巌に附着いて見ているうちに、運転手の奴が、その巌の端へ来て立って、沖を眺めて、腰に手をつけ、気取って反るでしゅ。見つけられまい、と背後をすり抜ける出合がしら、錠の浜というほど狭い砂浜、娘等四人・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・い菌も、皮づつみの餡ころ餅ぼたぼたと覆すがごとく、袂に襟に溢れさして、山野の珍味に厭かせたまえる殿様が、これにばかりは、露のようなよだれを垂し、「牛肉のひれや、人間の娘より、柔々として膏が滴る……甘味ぞのッ。」 は凄じい。 が、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・処が十日ばかり前に小石川から来て私に妾になれと言わないばかりなのよ、あのお前の思案一つでお梅や源ちゃんにも衣服が着せてやられて、甘味ものが食べさされるッて……」「それで妾になれって?」お富は眼まぶちを袖で摩って丸い眼を大きくして言った。・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・一体苦み走りて眼尻にたるみ無く、一の字口の少し大なるもきっと締りたるにかえって男らしく、娘にはいかがなれど浮世の鹹味を嘗めて来た女には好かるべきところある肌合なリ。あたりを片付け鉄瓶に湯も沸らせ、火鉢も拭いてしまいたる女房おとま、片膝立てな・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ポートワインとか、白酒とか、甘味のある酒でなければ飲めなかった。「あなたは、義太夫をおすきなの?」「どうして?」「去年の暮に、あなたは小土佐を聞きにいらしてたわね。」「そう。」「あの時、あたしはあなたの傍にいたのよ。あな・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・橙紅色の丸薬のような実の落ち散ったのを拾って噛み砕くと堅い核の中に白い仁があってそれが特殊な甘味をもっているのであった。この榎樹から東の方に並んで数本の大きな椋の樹があった。椋の実はちょっと干葡萄のような色と味をもっている。これが馬糞などと・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。○くだものと気候 気候によりてくだものの種類または発達を異にするのはいうまでもない。日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・すさんだ家庭に幼いから辛い目に会って来た肇はふっくりした、焼立てのカステーラみたいに香り高い甘味のある、たっぷりのうるおいがきめ毎にしみ込んで居る千世子の家の人達に交ると云う事はなぐさめともなり薬にもなった。 ホーム、スゥイート・ホーム・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・日本の女は一寸した親切にもほだされるといわれているが、女に対する劬りというものが、欠けている日本の習俗の中では、外国人の男のそういう礼の表面的な、或る場合偽善的な謂わば折りかがみさえ、感情の上に何かの甘味を落すのであろう。 映画や音楽で・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
出典:青空文庫