・・・が、それは大抵受取った感銘へ論理の裏打ちをする時に、脱線するのだ。感銘そのものの誤は滅多にはない。「技巧などは修辞学者にも分る。作の力、生命を掴むものが本当の批評家である。」と云う説があるが、それはほんとうらしい嘘だ。作の力、生命などと云う・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・云う心の大部分は、純粋な芸術的感銘以外に作者の人生観なり、世界観なり兎に角或思想を吐露するのに、急であると云う意味であろう。この限りでは菊池寛も、文壇の二三子と比較した場合、謂う所の生一本の芸術家ではない。たとえば彼が世に出た以来、テエマ小・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・しかし目のあたりに見た事実は容易にその論理を許さぬほど、重苦しい感銘を残していた。 けれどもプラットフォオムの人々は彼の気もちとは没交渉にいずれも、幸福らしい顔をしていた。保吉はそれにも苛立たしさを感じた。就中海軍の将校たちの大声に何か・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・この感銘の残っていたからであろう。僕は明けがたの夢の中に島木さんの葬式に参列し、大勢の人人と歌を作ったりした。「まなこつぶらに腰太き柿の村びと今はあらずも」――これだけは夢の覚めた後もはっきりと記憶に残っていた。上の五文字は忘れたのではない・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・(僕に白柳秀湖氏や上司それはまだ中学生の僕には僕自身同じことを見ていたせいか、感銘の深いものに違いなかった。僕はこの文章から同氏の本を読むようになり、いつかロシヤの文学者の名前を、――ことにトゥルゲネフの名前を覚えるようになった。それらの小・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・と、いうような、情味のない返事であったら、その言葉は、子供の期待にそむいて、いかなる感銘を与えるであろうか。それを思えば、お母さんは、機嫌買であってはならぬのです。子供は、いつも真剣であるのだから、子供の期待にそむかぬようにするのが、実に母・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ ドストイフスキイの作品は、雑な人生の事件が取扱われていることを否まないけれど、私達に感銘を深からしむるのは、そのためでない。 このときに於て事件というものは、そんなに役立っていない。たゞこういうようなことが人生にあるかと考えさせる・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・というのであるが、簡明の説である。そろそろサタンは、剛猛の霊として登場の身仕度をはじめた。そうして新約の時代に到って、サタンは堂々、神と対立し、縦横無尽に荒れ狂うのである。サタンは新約聖書の各頁に於いて、次のような、種々さまざまの名前で呼ば・・・ 太宰治 「誰」
・・・なるべく簡明なほうがよい。このたびわが塾に於いて詩経の講義がはじまるのであるが、この教科書は坊間の書肆より求むれば二十二円である。けれども黄村先生は書生たちの経済力を考慮し直接に支那へ注文して下さることと相成った。実費十五円八十銭である。こ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・八巻なり十巻なりの映写を退屈することなしに見ていられることが肝要であり、見たあとで全体としても細部としても深い感銘を印象されることが大切である。それにはイデオロギーの教養に無関係に世界の人間の心を捕えるものがなければならない。そうしてそれは・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫