・・・堀割に沿うて造られた街衢の井然たることは、松江へはいるとともにまず自分を驚かしたものの一つである。しかも処々に散見する白楊の立樹は、いかに深くこの幽鬱な落葉樹が水郷の土と空気とに親しみを持っているかを語っている。そして最後に建築物に関しても・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・しかしこれら市中の溝渠は大かた大正十二年癸亥の震災前後、街衢の改造されるにつれて、あるいは埋められ、あるいは暗渠となって地中に隠され、旧観を存するものは殆どないようになった。 そのころ、わたくしはわが日誌にむかしあって後に埋められた市中・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・それ故わたくしの西洋音楽を聴いて直に想い起すものは、深夜の燈火に照された雪中街衢の光景であった。 然るに当夜観客の邦人中には市中の旅館に宿泊して居る人ででもあるのか、平袖の貸浴衣に羽織も着ず裾をまくり上げて団扇で脛をあおいでいる者もあり・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
出典:青空文庫