・・・裁判所だか海軍省だかの煉瓦を背景にした、まだ短夜の眠りのさめ切らぬような柳の梢に強い画趣の誘惑を感じたので、よほど思い切って画架を立てようかと思っていると、もうそこらを歩いている人が意地悪く此方へ足を向け始めるような気がする。ゴーゴルか誰か・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その水門がくずれたままになっているのも画趣があった。池の対岸の石垣の上には竹やぶがあって、その中から一本の大榎がそびえているが、そのこずえの紅や黄を帯びた色彩がなんとも言われなく美しい。木の影には他の工場の倉庫らしい丹塗りの単純な建物が半面・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・これは畢竟枯荻落雁の画趣を取って俗謡に移し入れたもので、寺門静軒が『江頭百詠』の中に漁舟丿影西東 〔漁舟丿して影西東白葦黄茅画軸中 白葦黄茅 画軸の中忽地何人加二点筆一 忽地として何人か点筆を加え一縄寒雁下二・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・よらで過ぎ行くところ、景を写し情を写し時を写し多少の雅趣を添う。 顔しかめたりとも額に皺よせたりともかく印象を明瞭ならしめじ、ことは同じけれど「眉あつめたる」の一語、美人髣髴として前にあり。 蒲団引きおうて夜伽の寒さを凌ぎたる句など・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・予は心身共に健で、この新年の如く、多少の閑情雅趣を占め得たことは、かつて書生たり留学生たりし時代より以後には、ほとんど無い。我学友はあるいは台湾に往き、あるいは欧羅巴に遊ぶ途次、わざわざ門司から舟を下りて予を訪うてくれる。中にはまた酔興にも・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫