・・・彼らは、餓死する。凍死もする。溺死する。焚死する。震死する。轢死する。工場の機械にまきこまれて死ぬる。鉱坑のガスで窒息して死ぬる。私欲のために謀殺される。窮迫のために自殺する。今の人間の命の火は、油がつきて滅するのでなくて、みな烈風に吹き消・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・過度の労働や、汚穢なる住居や、有毒なる空気や、激甚なる寒暑や、扨は精神過多等の不自然なる原因から誘致した病気の為めに、其天寿の半にだも達せずして紛々として死に失せるのである、独り病気のみでない、彼等は餓死もする、凍死もする、溺死する、焚死す・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・なかったら、仙台には二、三の知人もいるし、途中下車して、何とか頼んで見る事も出来るでしょうが、ご存じの如く、仙台市は既に大半焼けてしまっているようでしたから、それもかなわず、ええ、もう、この下の子は、餓死にきまった。自分も三十七まで生きて来・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・竹林の七賢人も藪から出て来て、あやうく餓死をのがれん有様、佳き哉、自ら称していう。「われは花にして、花作り。われ未だころあいを知らず。Alles oder Nichts.」 またいう。「策略の花、可也。修辞の花、可也。沈黙の花、可也。理・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・また仁明天皇の御代に僧真済が唐に渡る航海中に船が難破し、やっと筏に駕して漂流二十三日、同乗者三十余人ことごとく餓死し真済と弟子の真然とたった二人だけ助かったという記事がある。これも颱風らしい。こうした実例から見ても分るように遣唐使の往復は全・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・それならばまだまだ安全であるが、排泄物をなくするために食物を全廃すれば餓死するより外はない。 鉛をかじる虫も、人間が見ると能率ゼロのように見えても実はそうでなくて、虫の方で人間を笑っているかもしれない。人間が山から莫大な石塊を掘りだして・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・ 一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中が厭になって断食して死んだとか色々の説があるから本当のことは何だか分らない。しかし豆畑へはいるのがいやでわざわざ殺されたというのが本当だとすると、それは胃に悪いとか安眠を害するとかいうだけで・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・直接世間を相手にする芸術家に至ってはもしその述作なり製作がどこか社会の一部に反響を起して、その反響が物質的報酬となって現われて来ない以上は餓死するよりほかに仕方がない。己を枉げるという事と彼らの仕事とは全然妥協を許さない性質のものだからであ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・』と、窓につかまって伸上り伸上りして、『国の為ッ国の為ッて、親も子も妻も餓死んでも、兄さんは兄さんは兄さんは……無理に殺しに連れてかれる人もないわ。阿母さんや嫂さんの事を思って頂戴よ。えッえッえッ。』『此所にも軍人はいくらも居るよ』・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・羲之の書をデモ書家が真似したとて其筆意を取らんは難く、金岡の画を三文画師が引写にしたればとて其神を伝んは難し。小説を編むも同じ事也。浮世の形を写すさえ容易なことではなきものを況てや其の意をや。浮世の形のみを写して其意を写さざるものは下手の作・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
出典:青空文庫