・・・のみならずしまいにはその襖へ、がりがり前足の爪をかけた。牧野は深夜のランプの光に、妙な苦笑を浮べながら、とうとうお蓮へ声をかけた。「おい、そこを開けてやれよ。」 が、彼女が襖を開けると、犬は存外ゆっくりと、二人の枕もとへはいって来た・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ぼくがおこしに行く前に、ポチは離れに来て雨戸をがりがり引っかきながら、悲しそうにほえたので、おとうさんもおかあさんも目をさましていたのだとおかあさんもいった。そんな忠義なポチがいなくなったのを、ぼくたちはみんなわすれてしまっていたのだ。ポチ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・「甘いものを食べてさ、がりがり噛って、乱暴じゃないかねえ。」「うむ、これかい。」 と目を上ざまに細うして、下唇をぺろりと嘗めた。肩も脛も懐も、がさがさと袋を揺って、「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己が嫁さんに遣ろうと思って、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・玉味噌を塗って、串にさして焼いて持ちます、その握飯には、魔が寄ると申します。がりがり橋という、その土橋にかかりますと、お艶様の方では人が来るのを、よけようと、水が少ないから、つい川の岩に片足おかけなすった。桔梗ヶ池の怪しい奥様が、水の上を横・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・しばらく、口あいて八が岳を見上げていて、そのうちに笠井さんも、どうやら自身のだらけ加減に気がついた様子で、独りで、くるしく笑い出した。がりがり後頭部を掻きながら、なんたることだ、日頃の重苦しさを、一挙に雲散霧消させたくて、何か悪事を、死ぬほ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 道太はそんながりがりした老婆をかつて見たことがなかった。「奥さんのお墓参りなさいましたか」「いずれ帰るまでには……」道太は笑っていた。「私も一遍おまいりしたいと思うて」 道太はお絹の母である方のお婆さんにも、たびたびそ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・あるものは閑に任せて叮嚀な楷書を用い、あるものは心急ぎてか口惜し紛れかがりがりと壁を掻いて擲り書きに彫りつけてある。またあるものは自家の紋章を刻み込んでその中に古雅な文字をとどめ、あるいは盾の形を描いてその内部に読み難き句を残している。書体・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・栗の木の青いいがを落したり、青葉までがりがりむしってやったね。その時峠の頂上を、雨の支度もしないで二人の兄弟が通るんだ、兄さんの方は丁度おまえくらいだったろうかね。」 又三郎は一郎を尖った指で指しながら又言葉を続けました。「弟の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ すると三郎は、どこから出したか小さな消し炭で雑記帳の上へがりがりと大きく運算していたのです。 次の朝、空はよく晴れて谷川はさらさら鳴りました。一郎は途中で嘉助と佐太郎と悦治をさそっていっしょに三郎のうちのほうへ行きました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・山男が腰かけた時椅子はがりがりっと鳴りました。山男は腰かけるとこんどは黄金色の目玉を据えてじっとパンや塩やバターを見つめ〔以下原稿一枚?なし〕どうしてかと云うともし山男が洋行したとするとやっぱり船に乗らなければならない、山男が船に乗・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
出典:青空文庫