・・・これは、作者自身が眼科医であるらしくて、しっくりと医学的追求とヒューマニティがむすびつき、戦争の残酷さについて身に迫る作品でした。 科学の側からもっと文学に入ってこなければならないのは、自然科学よりも社会科学です。 ・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・宿の高い欄干から外を眺めると、雨にけむる湾内の景色が見渡せる。眼下は、どこか人家の背戸だ。荒壁のうしろに、小さい一枚畑があって蔬菜が作ってある。手拭をかぶった女子が、雨にかまわず畝のところにかがんで何かしている。それがいつまでも遙か下の方に・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 私は、祖母の意地の悪い、菊太を眼下に見る様な様子を見ると菊太の子供等がこれを見た時の気持を想像した。 自分の父親は、女年寄の前に頭を下げてたのんで居ると相手は、つけつけと取り合わない様にして居るのを見たら、訳もなく、女は己より目下・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・病人の頬や眼窩や咽喉の窪みに深い影が落ちて鎮まった。お霜は床に腰を下ろすと、うっとりしながら眼の前に拡っている茶の木畑のよく刈り摘まれた円い波々を眺めていた。小屋の裏手の深い掘割の底を流れる水の音がした。石橋を渡る駄馬の蹄の音もした。そして・・・ 横光利一 「南北」
・・・ こうして、彼の妻はその死期の前を、花園の人々に愛されただけ、眼下の漁場に苦しめられた。しかし、花園は既にその山上の優れた位地を占めた勝利のために、何事にも黙っていなければならなかった。彼の妻は日々一層激しく咳き続けた。 ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫