・・・しかし数馬は気合いをかけながら、鮮かにそれを切り返しました。同時にまた多門の小手を打ちました。わたくしの依怙の致しはじめはこの刹那でございまする。わたくしは確かにその一本は数馬の勝だと思いました。が、勝だと思うや否や、いや、竹刀の当りかたは・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・しかし数馬は気合いをかけながら、鮮かにそれを切り返しました。同時にまた多門の小手を打ちました。わたくしの依怙の致しはじめはこの刹那でございまする。わたくしは確かにその一本は数馬の勝だと思いました。が、勝だと思うや否や、いや、竹刀の当りかたは・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・おとよさんももちろん人をばかにするなどの悪気があってした事ではないけれど、つまりおとよさんがみんなの気合いにかまわず、自分一人の秘密にばかり屈託していたから、みんなとの統一を得られなかったのだ。いつでも非常なよい声で唄をうたって、随所の一団・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・時には僕が余り俄に改まったのを可笑しがって笑えば、民子も遂には袖で笑いを隠して逃げてしまうという風で、とにかく一重の垣が二人の間に結ばれた様な気合になった。 それでも或日の四時過ぎに、母の云いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいで居ると、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ と、おかしげな気合を掛けたり、しまいには数珠を揉んで、「――南無妙法蓮華経!」 と、唱えて見たり、必要以上にきりきり舞いをしていたが、ふと見ると、お前は鉢巻をしていた。おれはぷっと噴きだし、折角こっちが勿体ぶっているのに、鉢巻・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そして耳のそばで呼吸の気合がする。天下何人か縮み上がらざらんやだ。君のような神経の少し遅鈍の方なら知らないこと――失敬失敬――僕はもう呼吸が塞がりそうになって、目がぐらぐらして来た。これが三十分も続いたら僕は気絶したろう。ところが間もなく、・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・正木の気合の談を考えて、それが如何なるものかを猜することが出来る。魔法の類ではない。妖術幻術というはただ字面の通りである。しかし支那流の妖術幻術、印度流の幻師の法を伝えた痕跡はむしろ少い。小角や浄蔵などの奇蹟は妖術幻術の中には算していないで・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・之は、書くぞ、書くぞという気合と気魄の小説である。本物の予告篇だと思っていた。そして今に本物があらわれるかと、思っていると、その日その日が晩年であった、ということばがほんとうなのかとうたがわれて来た。健康をそこね、写真はすきとおってやせてい・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そうしているうちに潮のさして来るように次第に興が乗り、次第次第に気合いがかかって来るのが、見ていてもおもしろいものである。 おかっぱに洋装の女の子もあれば、ズボンにワイシャツ、それに下駄ばきの帳場の若い男もある。それが浴衣がけの頬かぶり・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・残るは運よく菓子器の中で葛餅に邂逅して嬉しさの余りか、まごまごしている気合だ。「その画にかいた美人が?」と女がまた話を戻す。「波さえ音もなき朧月夜に、ふと影がさしたと思えばいつの間にか動き出す。長く連なる廻廊を飛ぶにもあらず、踏むに・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫