・・・それがまた非常な勢いで蔓が延びて、先きを摘んでも摘んでもわきから/\と太いのが出て来た。そしてまたその葉が馬鹿に大きくて、毎日見て毎日大きくなっている。その癖もう八月に入ってるというのに、一向花が咲かなかった。 いよ/\敷金切れ、滞納四・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・―― 彼は酔っ払った嫖客や、嫖客を呼びとめる女の声の聞こえて来る、往来に面した部屋に一人坐っていた。勢いづいた三味線や太鼓の音が近所から、彼の一人の心に響いて来た。「この空気!」と喬は思い、耳を欹てるのであった。ゾロゾロと履物の音。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 私が来た十九の時でした、城北大学といえば今では天下を三分してその一を保つとでも言いそうな勢いで、校舎も立派になり、その周囲の田も畑もいつしか町にまでなってしまいましたがいわゆる、「あの時分」です、それこそ今のおかたには想像にも及ばぬこ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 彼等の細くって長い脚は、強いバネのように、勢いよくぴんぴん雪を蹴って、丘を登っていた。「ナーシヤ!」「リーザ!」 武石と吉永とが呼んだ。「なアに?」 丘の上から答えた。 子供達は、皆な、一時に立止まって、谷間の・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・肥った饅頭面の、眼の小さい、随分おもしろい盛んな湾泊者で、相撲を取って負かして置いて罵って遣ると、小さい眼からポロポロと涙を溢しながら非常な勢いで突かかって来るというような愉快な男でした。それで、己は周勃と陳平とを一緒にしたんだなどと意張る・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・殊に新聞紙の論説の如きは奇想湧くが如く、運筆飛ぶが如く、一気に揮洒し去って多く改竄しなかったに拘らず、字句軒昂して天馬行空の勢いがあった。其一例を示せば、 我日本国の帝室は地球上一種特異の建設物たり。万国の史を閲読するも此の如き建設・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・く出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむずかしいところへ理をつけたも実は敵を木戸近く引き入れさんざんじらしぬいた上のにわかの首尾千破屋を学んだ秋子の流眄に俊雄はすこぶる勢いを得、宇宙広しといえども間違いッこの・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私は春先の筍のような勢いでずんずん成長して来た次郎や、三郎や、それから末子をよく見て、時にはこれが自分の子供かと心に驚くことさえもある。 私たち親子のものは、遠からず今の住居を見捨てようとしている時であった。こんなにみんな大きくなって、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・先日私は、素直な書生にさそわれまして井の頭公園の梅見としゃれたのでありますが、紅梅、白梅、ほつほつと咲きほころびつつましく艶を競い、まことに物静かな、仙境とはかくの如きかと、あなた、こなた、夢に夢みるような思いにてさまよい歩き、ほとんど俗世・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・まるまる太って無邪気に気負い、おのれ意慾すれば万事かならず成ると、のんのん燃えて天駈けた素晴らしい時刻も在ったのだ。いまは、弱者。もともと劣勢の生れでは無かった。悪の、おのれの悪の自覚ゆえに弱いのだ。「われ、かつて王座にありき。いまは、庭の・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
出典:青空文庫