・・・「私は運転手を五、六年した経験で、あの電車は当時の状況からみて、『一たん停止』の辺で脱線すると信じ、本線その他に危害がおこるとは考えていませんでした。」この面会で、竹内被告は一人の労働者として、また妻の心を思いやり、五人の子供たちの将来を考・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・人情の内容は、出来るだけ怠けて楽をしたいという人情から、死んでもそんな奴の恩恵にはあずかりたくないという気概の領域にまで及んでいる。私たちは、一人の女として、作家として、今日人情のどういう程あいのところを生きるか、また、社会の現実との交渉の・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・漱石の主観の裡では、一箇の人間として宰相と同等である自我、専門とする文学の領域においてはその分野における権威者として自己を主張した気概が窺われるのである。 然しながら、漱石が、人間性のより高さへの批判をもって観察した現実の自我は、社会の・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・彼は明治になっても華族、士族、平民という身分制が残っていることを不満として、常に自分の著者に東京平民福沢諭吉と署名したくらい気概ある学者であった。この福沢諭吉が益軒の「女大学」を読んだのは、彼の二十代まだ明治以前のことであった。人間らしくな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・そうしたってプロテスタント教がその教義史と寺院史とで毀損せられないと同じ事で、祖先崇拝の教義や機関も、特にそのために危害を受ける筈はない。これだけの事を完成するのは、極て容易だと思うと、もうその平明な、小ざっぱりした記載を目の前に見るような・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・この画かきさんが大なる決心と気概とをもって、霊の権威のために、人道のために、はた宇宙の美のために断々乎として歩むならば吾人は霊的本能主義の一戦士として喜んで彼を迎えたい。も少し精を出して大作を作り、も少し力を入れてウルサイ世人をばかにしたら・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫