・・・そのうち天から暖かい黄金がみなのジャケツの上に降って来て、薄い羅紗の地質を通して素肌の上に焼け付くのである。男等は皆我慢の出来ないほどな好い心持になった。 この群のうちに一人の年若な、髪のブロンドな青年がいる。髭はない。頬の肉が落ちてい・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・祭壇から火の立ち登る柱廊下の上にそびえた黄金の円屋根に夕ぐれの光が反映って、島の空高く薔薇色と藍緑色とのにじがかかっていました。「あれはなんですか、ママ」 おかあさんはなんと答えていいか知りませんでした。「あれが鳩の歌った天国で・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・若しスバーが水のニムフであったなら、彼女は、蛇の冠についている宝玉を持って埠頭へと、静かに川から現れたでしょうに、そうなると、プラタプは詰らない釣などは止めてしまい、水の世界へ泳ぎ入って、銀の御殿の黄金作りの寝台の上に、誰あろう、この小さい・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
海の岸辺に緑なす樫の木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて ―プウシキン― 私は子供のときには、余り質のいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊にも・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・この家だって、私たち結婚してから新しく借りたのですし、あの人は、そのまえは、赤坂のアパアトにひとりぐらししていたのでございますが、きっと、わるい記憶を残したくないというお心もあり、また、私への優しい気兼ねもあったのでございましょう、以前の世・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・歎くように垂れた木々の梢は、もう黄金色に色づいている。傾く夕日の空から、淋しい風が吹き渡ると、落葉が、美しい美しい涙のようにふり注ぐ。 私は、森の中を縫う、荒れ果てた小径を、あてもなく彷徨い歩く。私と並んで、マリアナ・ミハイロウナが歩い・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・そういう気兼ねのいらないのは誠に二十世紀の有難さであろうと思われる。 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・書いてゆくうちに何を書くことになるかもわからないのに、もし初めに下手な題をつけておくとあとになってその題に気兼ねして書きたいことが自在に書けなくなるという恐れがある。それだから、いつもは、題などはつけないで書きたいことをおしまいまで書いてし・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・だから、如何に評判の絵でも、自分に興味のないものは一度きりで見ないで済むし、気に入った絵なら誰に気兼ねもなく何遍でも見て楽しむことが出来る。このような純粋な享楽は吾々素人に許された特典のようなものである。そうして、自分等がたとえ玄人の絵に対・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・しかし、西洋に木造都市の火事の研究がないからと言って日本人がそれに気兼ねをして研究を遠慮するには当たらない。それは、英独には地震が少ないからと言って日本で地震研究を怠る必要のないと同様である。ノルウェーの理学者が北光の研究で世界に覇をとなえ・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
出典:青空文庫