・・・うしろからは、飢餓という獣の大群が、刻々迫って来ます。生きるために、どうしてもこの河一つは越さなければならない。 こういう危急の時に、爪先も濡らさず岸に立って、諸君、まず、橋を作る材木を出し給え。マァ、何の彼のいわず、材木だけは、ともか・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・ジャングルの中にカタメテすてられた部隊から、一人はなれた人の飢餓と苦悩の運命の終焉が、カタマって餓死した人々の運命とその本質においてどうちがったろう? 最悪の運命の瞬間に、八千五百万の利用できる人々としてカタメられることを拒絶するために、カ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・あの時分、二十五歳であった若い娘、若い妻、そしてその若い母のおののく胸に抱きしめられて無心に飢餓の時代も経た嬰児たちは、今や二十五歳の青年であり、娘である。彼等の或るものは、昔その母が彼女を胸に抱きしめたように幼い子供を抱擁して、前線へ出発・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・ 若い肉体に重すぎる生活の荷にひしがれて病気を発することも、その病気のために働きを休めば一家は饑餓にさらされることから遂に倒れてのち已む決心で働きとおす哀切な強い精神を持つ少年青年たちも、今日ただいま決して一人二人ではないであろう。・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・「失業と多産のためにほとんど飢餓にひんしているこの階級の親たちにとっては全く天来の福音である」と新聞の記事はかきたてている。 プロレタリアートの姉妹たち! われわれはこの記事から、プロレタリアの女として、どんな「天来の福音」を感じる・・・ 宮本百合子 「「市の無料産院」と「身の上相談」」
・・・ 一九一七年から数年の間ソヴェト同盟の到るところで、国内戦が行われていた。飢餓があった。寒さとすべての不如意があった。それにもかかわらず、新しい社会に生れ変ったソヴェトの人々は、建設の熱意に溢れて、あらゆる面に自分たちの創造力を発揮した・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・日本の風習では、そんな場合、何故、娘なり息子なりの両親、同胞が助けないか、と云う質問、何故、僅かの間、良人の両親の家に起臥は出来ないのか、と云う疑問が起るかもしれません。 助けないのは、薄情からではない。親も、若い者達も、自分達の生活を・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・同じ白い皮をもっているからと云って、アグネスは飢餓から救われたことはなかった。若い弟が自由労働者として働いている間に、溝の中でつぶされて死ななければならなかった事情を彼等の皮膚の白さがかえはしなかった。社会の非人間的な差別が、皮の色だけにな・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・でも労働者が得たものは「飢餓」と失業とである。 困り切った北九州の労働者の大部分は故郷へ又戻って来た。出立の時よりもっともっと無一文になり、殆ど乞食姿で戻った。「満州国」から帰る旅費はどこからも補助されなかったのである。 この話をき・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・女の過ちの実に多くが、感情の飢餓から生じている。その点にふれて見れば、女の悲しみに国境なしとさえいえる有様である。 近頃、『新青年』『婦人画報』その他沢山の雑誌が、男のエティケットについて書くことが流行している。そして、実際に、或る・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
出典:青空文庫