・・・それはマグノリアの木にもあらわれ、けわしい峯のつめたい巌にもあらわれ、谷の暗い密林もこの河がずうっと流れて行って氾濫をするあたりの度々の革命や饑饉や疫病やみんな覚者の善です。けれどもここではマグノリアの木が覚者の善でまた私どもの善です。」・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・また、一九三七年にどこからその基金がでたか分らない「新日本文化の会」というものが組織されて、それはもと警保局長松本学と林房雄、中河与一等によって組織された文芸懇話会の拡大されたものであったことも記録されている。これも注目されていい。かつて保・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・国内戦や飢饉時代ののちに、夫婦がそうして安心して子供を産み、よろこびをもって育ててゆくことのできる大人のよろこびの揺ぎない深さも、しんから共感できた。すべてそれらのよろこびは、ソヴェト市民の一人一人が一九一七年以来、たえまないめいめいのたた・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・ 近頃、漸々一体の注意を呼び始めた、ロシアの大飢饉と云うことに対しても、真の意味で、友誼的であるべき諸邦の愛が、私は、余り鈍っていると思う。 確に或る国は率先して華々しく救済の任務を負い始めた。けれども、その動機に鋭い直覚を持つ者は・・・ 宮本百合子 「アワァビット」
・・・ 一九二一年に起ったクロンシュタットの赤色海軍兵の局部的な暴動は、ソヴェト同盟国内戦後の饑饉救援という名目でアメリカから、妙な連中が入り込んだ。アメリカ毛布、アメリカ製ビスケットにかこつけたからくりが、この暴動の種であったということを今・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・闘争基金千円を募集し食糧を一ヵ月分車輌の中に運び込んでいること。婦人従業員をふくめた自衛団が組織され、全員十六歳から二十五歳という青年だがその統制が整然としていること。職場の特殊性をすべて争議団側に有利なように科学的に利用している点とともに・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ ――でもそれは一九一九年、飢饉の年でね。 彼女は自分自身にむかって云うように云った。 ――私を見た教授が、子供を生んで何で養うつもりかと云いました。我々に今必要なのは赤坊じゃない、革命の完成だ、って。――教授は白い髯のいい人だ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ ニューヨークといえば、われわれのクラブの委員長であった松岡洋子さんはこのごろ水飢饉のニューヨークでどんな毎日を送っているだろう。昼夜白熱して夜空にまで広告のテレヴィジョンを映している不眠の都市。ウォール街を中心に渦巻く宣伝の都市ニュー・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・刊行委員会を組織した。各団体から委員が出て、作家同盟からは、小林の死、その葬儀をとおしてほんとうに同志らしく行動した江口渙をはじめわたしをもふくむ数人の委員があげられた。刊行基金として、予約募集の仕事がはじめられた。その頃の金で全額五十円ぐ・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・有名な源氏物語は藤原時代の封建貴族文化の精華であるといわれているが、あの作品は同じ藤原時代に文盲ではだしで一度び飢饉が来ると道ばたに倒れて飢え死んだ庶民のいかなる心持ちをも反映してはいないのである。文字そのものさえ、貴族に独占されていた。現・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
出典:青空文庫