・・・それは、仏像拝観に訪ねた私たちを案内したりもてなしたりしてくれる僧侶が、大概ごく若いのにまるで大人ぶり、それも一人前の坊さんぶるのではない軽薄な美術批評家ぶって、小癪な口を利き立てる淋しさである。やっと十九か二十ぐらいの、修業ざかりと思われ・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ 気は利きそうであった。 女を置いて帰って行く時、給金はどうでも好いが、 家柄も相当でございますから嫁にもあんまりな所へやりたくないって申して居りますから少しずつは進歩して行く様に御心がけ下さって。と云って行った。・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・すべての物語が鬼気せまるように書かれていた。けれども菊池寛の「俊寛」は鬼界ヶ島で坊主の衣をぬいだらスッカリ丈夫になって土地の女を女房にして子供も何人か生んで毎日勇しく大きな魚などを釣ったりしている姿で描かれている。 菊池寛は英国文学の根・・・ 宮本百合子 「“慰みの文学”」
・・・まだいかにも兵隊帰りの様子をして居て歩くのでも、口の利きかたでも「…………終り」と云いたげな風である。「そうであります。と云うのがいやに耳ざわりに聞えた。辛かった事、面白かった事を細々かぞえたてて話したのが祖母には耳珍らしく・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・そのために出版業者は情報局の忌諱に触れるものを出したら睨まれて潰されるかも知れないからぐにゃぐにゃになって、できるだけ情報局のお気に入るようなものになって存在しようとする。そういうものに作品を載せねばならないとすれば、腹が立ちながらも、割り・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・しかし、新鮮な空気の利きめは彼女が自分の目で見、その手で開けた窓々からスクータリーへ導き入れたのである。新鮮な空気が必要なのに、窓を密閉していたとき、それを開放した彼女の方法は貴重であった。けれども、気温が全くちがい、暑さの全く違うインドで・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・食事の支度は女中に言いつけてあるが、姑が食べると言われるか、どうだかわからぬと思って、よめは聞きに行こうと思いながらためらっていた。もし自分だけが食事のことなぞを思うように取られはすまいかとためらっていたのである。 そのときかねて介錯を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それをあなた平気でわたくしにお聞きになるのですか。 女。ではどんなにして伺えばよろしいのでしょう。 男。だって驚くじゃありませんか。あの時わたくしには始めて分かったのです。まあ、あなたがうそつきだとは申しますまい。体好く申せばわたく・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦や太鼓に急き立てられて修羅の街へ出かければ、山奥の青苔が褥となッたり、河岸の小砂利が襖となッたり、その内に……敵が……そら、太鼓が……右左に大将の下知が……そこで命がなくなッて、跡は野原でこのありさまだ。死・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・お霜は洗濯竿の脱れた音を聞きつけて立ち上った。「お霜さん。煙草一ぷく吸わしてくれんかな。」「安次、行くぞ。」勘次は云った。「お前ひとりで行って来てくれんかよ。」「お前、行かにゃ何んにもならんが。」「もうお前、ひ怠るてひ怠・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫