・・・どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。」こう云いさして、大層意味ありげに詞を切って、外の事を話し出した。なんだかエルリングの事は、食卓なんぞで、笑談半分には話されないとでも思うらしく見え・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そしてその雑音を聞き定めようとしている。なんだかそれが自分に対してよそよそしい、自分に敵する物の物音らしく思われる。どうも大勢の人が段々自分の身に近寄って来はしないかというような心持になる。闇が具体的になって来るような心持になる。そこで慌た・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・新年言志みことのりあやにかしこみかしこみてただしき心おこせ世の人廿七日の怪事件を聞きていざさらば都にのぼり九重の宮居守らん老が身なれど野老 こういう手紙が大晦日の晩についた。野老は小生の老父で、安・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・これ偶像破壊者の危機に対する最第一の警告である。 予は自ら知れる限りにおいて生まれながらの反逆者であった。小学の児童としては楠正成を非難する心を持ち、中学の少年としては教育者の僭越と無精神とを呪った。教育者の権威に煩わされなくなった時代・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・恐らくそれは、人生の最も大きい危機の一つであるだけに、また人生の最も貴い時期の一つでしょう。その貴さは溌剌たる感受性の新鮮さの内にあります。その包容力の漠然たる広さの内にあります。またその弾性のこだわりのないしなやかさの内にあります。それは・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫