・・・米、味噌、茶わん、箸、飯櫃のような、われわれの生命の維持に必需な材料器具でもない。衣服や住居の成立に欠くべからざる品物ともちがう。それかといって棺桶や位牌のごとく生活の決算時の入用でもない。まずなければないでも生きて行くだけにはさしつかえは・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ある人の話では日々わずかな一定量の食餌をねずみのために提供してさえおけば決して器具や衣服などをかじるものではないという事である。ある経済学者の説によるといかなる有害無益の劣等の人間でも一様に「生存の権利」というものがあるそうである。そんなら・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・われわれの日常生活に必要欠くべからざるものと通例思われている器具調度の類でも、実はそれを全廃してしまって少しもさしつかえのないものはいくらでもある。たとえば、西洋ならばどんな簡易生活でも、こればかりは必要と思われている椅子やテーブルがなくて・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・さかりがつくと彼は所かまわず尿水を飛ばして襖や器具をよごした。あまりやっかいをかけるから家族のほうから玉を追放したいという動議が出た。そうしないでこの悪癖を直す方法はないかと思って獣医に相談すると、それは去勢さえすればよいとの事であった。い・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・後者は器具の関係から学校に限られていたが、前者は当然校外にまでも伝播して行くべき性質のものであった。町はずれの草原や冬田の上で至るところにまね事の野球戦が流行した。ベースには蓆の切れ端やぞうきんで用が足りた。ボールがゴムまり、バットには手ご・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・先っきから婆さんは室内の絵画器具について一々説明を与える。五十年間案内者を専門に修業したものでもあるまいが非常に熟練したものである。何年何月何日にどうしたこうしたとあたかも口から出任せに喋舌っているようである。しかもその流暢な弁舌に抑揚があ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・「実はあなたも御承知の通りこの度引越す事にきまりましたが、どうでしょう、向うはここよりも大分奇麗でかつ器具などもよほど上等にしますが、来ていただく訳には参りますまいか」「それは君の方で僕に是非来てくれと言うのなら……」「イエ是非といって御無・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・夫の常に愛玩する物は犬馬器具の微に至るまでも之を大切にするは妻たる者の情ならずや。況んや譬えんものもなき夫を産みたる至尊至親の老父母に於てをや。其保養を厚うし其感情を和らげ、仮初にも不愉快の年を発さしむることなきよう心を用う可し。殊に老人は・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この銀盤は偶然だが、実際ある寺院で使っていたロオマ時代の器具であった。卓の上には物を書いた紙が一ぱいに散らばっていて、ほとんど空地が無い。それから給仕は来た時と同じように静かに謹んで跡へ戻って、書斎の戸を締めた。開いた本を閉じたほどの音もさ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ ところが、さまざまの委員会が、民主化のための委員会として組織された当時、吉田茂は、占領政策に対して危惧をいだいていた。その後、日本の民主化にいろいろの変調が加えられて、たとえば用紙割当委員会の権限が、ずるずると内閣に属す委員会に移され・・・ 宮本百合子 「「委員会」のうつりかわり」
出典:青空文庫