・・・が、あれだけ農民、農村を知りながら、かくまで農民が非人間的な生活に突き落され、さまざまな悲劇喜劇が展開する、そのよってくる真の根拠がどこにあるかを突きつめて究明し、摘発することが出来ないのは、反都市文学のらち内から少しも出なかった農民文学会・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・髭をはやした立派な男が腹をへらして、めしを六杯食うという場面であった。喜劇の大笑いの場面のつもりらしかったけれども、男爵には、ちっともおかしくなかった。男がめしを食う。お給仕の令嬢が、まあ、とあきれる。それだけの場面を二十回以上も繰りかえし・・・ 太宰治 「花燭」
・・・例えば喜劇「かもめ」を挙げよう。そこではあらゆる文学上の原理に反して、作品の基礎をなすものは、諸々の情熱の機構でも、出来事の必然的な継続でもなく、裸形にされた純粋の偶然というものなのである。此の喜劇を読んでゆくと、秩序も構図もなく寄せ集めら・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・女に惚れられて、死ぬというのは、これは悲劇じゃない、喜劇だ。いや、ファースというものだ。滑稽の極だね。誰も同情しやしない。死ぬのはやめたほうがよい。うむ、名案。すごい美人を、どこからか見つけて来てね、そのひとに事情を話し、お前の女房という形・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・なまぬるく、べとべとして、喜劇にもならない。無智である。安っぽい。 がまんできぬ屈辱感にやられて、風呂からあがり、脱衣場の鏡に、自分の顔をうつしてみると、私は、いやな兇悪な顔をしていた。 不安でもある。きょうのこの、思わぬできごとの・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・お金持の家庭にありがちな、ばかばかしい喜劇だ。「いつ、飛び出したんです。」僕は、もう草田夫妻を、ばかにし切っていた。「きのうです。」「なあんだ。それじゃ何も騒ぐ事はないじゃないですか。僕の女房だって、僕があんまりお酒を飲みすぎる・・・ 太宰治 「水仙」
・・・また、ある友人はなぐさめて、ダグラスという喜劇俳優に似ている、おごれ、と言いました。とにかく、ひどく太ったものです。こんなに太っていると、淋しい顔をしていても、ちっとも、引立たないものですね。そのころ私は、太っていながら、たいへん淋しかった・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・と同じく芸人フレッド・アステーアとジンジャー・ロジャースとの舞踊を主題とする音楽的喜劇である。はなはだたわいのないものである。これを見ていたとき、私のすぐ右側の席にいた四十男がずっと居眠りをつづけて、なんべんとなくその汗臭い頭を私の右肩にぶ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・アメリカ喜劇のナンセンスが大衆に受ける一つの理由は、つまりここにあるのではないか、有名な小説や劇を仕組んだものが案外に失敗しがちな理由も一つはここにあるのではないかという気がする。 連句には普通の言葉で言い現わせるような筋は通っていない・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・これが近ごろのこうした喜劇の一つの定型として重宝がられるらしい。しかしたまには笑いっ放しに笑わせてしまうのもあってはどうかと思われた。食事時間前の前菜にはなおさらである。 三番目「仇討輪廻」では、多血質、胆汁質、神経質とでも言うか、とに・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫