・・・――「美華禁酒会長ヘンリイ・バレット氏は京漢鉄道の汽車中に頓死したり。同氏は薬罎を手に死しいたるより、自殺の疑いを生ぜしが、罎中の水薬は分析の結果、アルコオル類と判明したるよし。」・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・の上に遅い歩みを運んで行った。常子は「順天時報」の記者にこの時の彼女の心もちはちょうど鎖に繋がれた囚人のようだったと話している。が、かれこれ三十分の後、畢に鎖の断たれる時は来た。もっともそれは常子の所謂鎖の断たれる時ではない。半三郎を家庭へ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・「と云うのはある日の事、私はやはり友人のドクトルと中村座を見物した帰り途に、たしか珍竹林主人とか号していた曙新聞でも古顔の記者と一しょになって、日の暮から降り出した雨の中を、当時柳橋にあった生稲へ一盞を傾けに行ったのです。所がそこの二階・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・北海道の記事を除いたすべては一つ残らず青森までの汽車の中で読み飽いたものばかりだった。「お前は今日の早田の説明で農場のことはたいてい呑みこめたか」 ややしばらくしてから父は取ってつけたようにぽっつりとこれだけ言って、はじめてまともに・・・ 有島武郎 「親子」
・・・高架鉄道を汽車がはためいて過ぎる。乗合馬車が通る。もう開けた店には客が這入る。 フレンチは車に乗った。締め切って、ほとんど真暗な家々の窓が後へ向いて走る。まだ寐ている人が沢山あるのである。朝毎の町のどさくさはあっても、工場の笛が鳴り、汽・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・と、いってすッと立つ、汽車の中からそのままの下じめがゆるんだか、絹足袋の先へ長襦袢、右の褄がぞろりと落ちた。「お手水。」「いいえ、寝るの。」「はッ。」と、いうと、腰を上げざまに襖を一枚、直ぐに縁側へ辷って出ると、呼吸を凝して二人・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
ただ仰向けに倒れなかったばかりだったそうである、松村信也氏――こう真面目に名のったのでは、この話の模様だと、御当人少々極りが悪いかも知れない。信也氏は東――新聞、学芸部の記者である。 何しろ……胸さきの苦しさに、ほとん・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
「やあ、しばらく。」 記者が掛けた声に、思わず力が入って、運転手がはたと自動車を留めた。……実は相乗して席を並べた、修善寺の旅館の主人の談話を、ふと遮った調子がはずんで高かったためである。「いや、構わず……どうぞ。」・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 今度は陸路市川へ出て、市川から汽車に乗ったから、民子の近所を通ったのであれど、僕は極りが悪くてどうしても民子の家へ寄れなかった。また僕に寄られたらば、民子が困るだろうとも思って、いくたび寄ろうと思ったけれどついに寄らなかった。 思・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・と挨拶された時は読売記者は呆気に取られて、暫らくは開いた口が塞がらなかったという逸事がある。 鴎外は幼時神童といわれたそうだ。虚実は知らぬが、「十ウで神童、ハタチで才子、二十以上はタダの人というお約束通り、森の子も行末はタダの人サ、」と・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫