・・・私は話に聞く彼の気性又は帰朝後一致されなかったすべての周囲の状態を思い浮べると、病院の飯は不美味いと云うのは極く極く表面的な理由であったろうと云う事に思い及ぶのである。 彼は死ぬまで彼自身でありあらせ様とした。此頃は、或点までは彼が随意・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 第二日 多忙な永山氏を煩すことだから、大奮発で七時起床。短時間の滞在だから永山氏に大体観るべきところの教示を受けたいと、昨日電話して置いたのだ。紹介状には、私共二人の名が連ねてある。ところが、Y、昨晩床に入る・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ × 翌朝は日が出ると間なし起床だ。 いい天気で、朝靄が緩やかな畑の斜面や雑木林の彼方にかかっている。朝日のさす部落の梨の木の下で、昨夜集まった連中その他がわざわざ『文学新聞』のためだからといって集まり、写真をとった。〔・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・「そんなら一っそ起請文書いて小指を切ろうかしら」「それもいいやろ、けど笑われるワナ、そなような事したら御座敷に出て笑われるやろキット……」「はく情な事でもどうせそんな事しないからいいけど……。一寸会っただけでどうしてこんなに仲よくなったのか・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・どこか気性に独創的なところのある、富裕な教養たかいこの令嬢のまわりには、当然崇拝者の何人かが動いていたろうしまたどこの社会でも共通なように、彼女の両親の社会的な地位により多くの魅惑を感じている青年やその親たちが、月並のお世辞で彼女をとりまい・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ マクシムの命を救ったのは彼の沈着で豪毅な気性と素面であったことであった。この椿事のためにマクシムは七週間も患った。その夏ヴォルガ河口に在るアストラハン市で凱旋門を建てる仕事があって、マクシムは妻子をつれ移住した。四年ぶりでニージニへ戻・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・それでいて、西洋文明のうちでもいちばん悪い戦争の道具はこれをとりあげるようなはげしい気性をうちに持っているのです」という所謂民族性の解釈とを、自身疑いを抱くところもなく並列させているところである。最後の特徴を中国民族の性格のうちにある自家撞・・・ 宮本百合子 「「揚子江」」
・・・今度は十六ばかりの小柄で目のくりくりしたのが来た。気性もはきはきしているらしい。これが石田の気に入った。 二三日置いてみて、石田はこれに極めた。比那古のもので、春というのだそうだ。男のような肥後詞を遣って、動作も活溌である。肌に琥珀色の・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・その時までの記章にはおれが秘蔵のこの匕首(これにはおれの精神匕首を残せば和女もこれで煩悩の羈をばのう……なみだは無益ぞ』と日ごろからこの身はわれながら雄々しくしているに、今日ばかりはいかにしてこう胸が立ち騒ぐか。別離の時のお言葉は耳にとまっ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・この伯母は気象が男のようにさっぱりしていた。この伯母の主人は近江の国に寺を持っている住職で、一人息子もまた別に寺を持っていた。伯母は家の中の拭き掃除をするとき、お茶や生花の師匠のくせに一糸も纏わぬ裸体でよく掃除をした。ある時弟子の家の者が歳・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫