・・・じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷として規定、訓練され、しかもそれに満足――すくなくともそれに抗弁する理由を知らずにいるごとく、我々青年もまた同じ理由によって、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・そして、輓近一部の日本人によって起されたところの自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みたと全く同じ理由に於て、この国家という既定の権力に対しても、その懐疑の鉾尖を向けねばならぬ性質のものであった。然し我々・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・――こういうことは詩を既定のある地位から引下すことであるかもしれないが、私からいえば我々の生活にあってもなくても何の増減のなかった詩を、必要な物の一つにするゆえんである。詩の存在の理由を肯定するただ一つの途である。 以上のいい方はあまり・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・天居といっては誰も余り知るまいが、天金といったら東京の名物の一つとしてお上りさんの赤ゲットにも知られてる旗亭の主人である。天居は風雅の好事家で、珍書稀本書画骨董の蒐集家として聞えているが、近年殊に椿岳に傾倒して天居の買占が椿岳の相場を狂わし・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必要は、その法令を規定したすべての条件を具えたものには、早速払い下げを許可するが、そうでないものをば一斉に書面を却下することとし、また相当の条件を具えた書面が幾通もあ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・青年の目と少女の目と空に合いし時、少女はさとその面を赤らめ、しばしはためらいしが急に立ちあがりかの大皿のみを左手に持ちて道にのぼり、小走りに駆け入りしは騎馬隊の兵士が常に集まりて酒飲むこの街唯一の旗亭なり。少女は軒下にて足を停め、今一度青年・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・人はいやしくも他人の願望を知れば、その実現を妨ぐる事情なき限り、自分の願望と等しく、この他人の願望によって規定されずにいられない自然の衝動を持っている。他人との同情はわれわれを利他的行為に駆るのである。利他は利己の打算的手段として起こったも・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・闘文闘詩が一月に一度か二度ある、先生の講義が一週一二度ある、先ずそんなもので、其の他何たる規定は無かったのです。わたくしの知っている私塾は先ずそんなものでした。で、自宅練修としては銘々自分の好むところの文章や詩を書写したり抜萃したり暗誦した・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・入浴時間 十五分 規定の時間を守らざるものは入浴の順番取りかえることあるべし 警察の留置場にいたときよく、言問橋の袂に住んでいる「青空一家」や三河島のバタヤが引張られてきた。そんな連中は入ってくると、臭いジト/\したシ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・而して宗教的思想より進みて道徳を以て人々の行を規定し行かんと擬したるは儒教なり。この固有思想と五行等の新來思想とが合せる時、その宗教的方面に結びつきしは方士の類なり。後に道教となり風水説となれり。その道徳的方面に結びつきしは儒教也、易也。而・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
出典:青空文庫