・・・ 夜が更けて熱がさめたので暇乞して帰途に就いた。空には星が輝いて居る。 夜は見るものがないので途が非常に遠いように思うた。根岸まで帰って来たのは丁度夜半であったろう。ある雑誌へ歌を送らねばならぬ約束があるので、それからまだ一時間ほど・・・ 正岡子規 「車上の春光」
用事があって、岩手県の盛岡と秋田市とへ数日出かけた。帰途は新潟まわりの汽車で上野へついた。 秋田へ行ったのもはじめてであったし、山形から新潟を通ったのもはじめてであった。夏も末に近い日本海の眺めは美しくて、私をおどろか・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ さて、それなりそのことは忘れて、次の日例の如く三人つれ立っての帰途、五年の受持の先生は染物の用事で一年の先生のうちへよらなければならなくなった。「じきなんでしょう? じゃ私も行くわ」 唱歌の先生も仲間になって三人で戻って来た一・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・ 栄蔵は、日暮方から山岸に出かけて、帰途についたのはもう日暮れ方であった。 田圃道をトボトボと細い杖を突いて歩いて行った。 あの小意志(の悪い若主人が机を前にひかえて、却って栄蔵をせめる様な口調でいろいろ云う様子を思いながら・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・夜半青山の御大葬式場から退出しての帰途、その噂をきいて「予半信半疑す」と日記にかかれているそうである。つづいて、鴎外は乃木夫妻の納棺式に臨み、十八日の葬式にも列った。同日の日記に「興津彌五右衛門を艸して中央公論に寄す」とあって、乃木夫妻の死・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・その上、夫婦の愛情をおとりにし、運動に習熟していない妻であるわたしをとおして、宮本顕治をとらえようと計画する企図も試みられた。自分の愛を最もたえがたい方法によって悪用されまいとするだけにも、絶間ない精神と肉体の緊張を必要とした。 一九三・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ 一番の七時二十五分の列車で私は不安な帰途についた。見知らずの人がすぐ隣りに居ると思うとその人達を研究的な注意深い気持で観察し始めるので病んで居る妹の事を思うのは半分位になった。 電報を受取った日のまだ明・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・昏迷や作品の上での無解決が問題ではなく昏迷・無解決そのものの社会的・心理的因子と作者の企図する動向が芸術の胚種であることは誰しも知っている。作品の読後感がそこに触れざるを得ない理由もここにある。 作家の主観というものは、それだけにたよっ・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
・・・ソヴェト同盟に向けて計画された出血の諸企図は、ついにこの国の社会生活を貧血死に導くことができなかった。このことには人類史的な意味があり、歓喜があるのである。 ソヴェト同盟では、集団農場・国営農場があって、機械化された農業が行われている。・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・この事業はアンドレイ・デレンコフによって精密に計画され、一留ごとに三分五厘の利益を得るように企図された。ゴーリキイはセミョーノフの大きい汚い地下室から、いくらかましな小さいデレンコフの地下室へ移って来た。「四十人の職人仲間の代りに、一人のパ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫