・・・同じ銀杏返し同じ袷小袖に帯もやや似寄った友禅縮緬、黒の絹張りの傘もそろいの色であった。緋の蹴出しに裾端折って二人が庭に降りた時には、きらつく天気に映って俄かにそこら明るくなった。 久しぶりでおとよも曇りのない笑いを見せながら、なお何とな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・歩く足をゆるめるとそれが紫の糸の通って居る絹針だと云う事とその先に一寸曇って血のついて居るのが分った。それと一緒に自分を射したものも分った。男はそれをとろうとすると女はつ(ばやく手をひっこめてどこか分らないところににぎってしまった。男は手を・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ まっ赤な地へ白で大きな模様の出て居る縮緬の布は細い絹針の光る毎に一針一針と縫い合わせられて行くのを、飼い猫のあごの下を無意識にこすりながら仙二は見て居た。 自分の居るのをまるで知らない様に落ついた眼つきで話したい事を話して居る娘の・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・ 雪降りの日の様に見えるかぎりは真白で散り敷いた落葉の裏表からは絹針より細く鋭い霜の針がすき間もなく立って居る。その痛いように見える落葉をつまむと指のあたった処だけスーッととけて冷たくしみて行く。葉の面を被うて居る針は、見れば見るほど面・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫