・・・氷球は全部透明なものもあるが内部に不透明な部分や気泡を含んでいるものもある。北米合衆国の気象台で定めたスリートというものの定義が大体この凍雨に相当している。スリートとして挙げられているものの中には、以上のようなものの外に雪片のつながったのが・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・寺田寅彦さんと云う方は御座らぬかとわめくボーイの濁声うるさければ黙って居けるがあまりに呼び立つる故オイ何んだと起き上がれば貴方ですかと怪訝顔なるも気の毒なり。何ぞと言葉を和らげて聞けば、上等室の苅谷さんからこれを貴方へ、と差出す紙包あくれば・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・それは『失礼ですが貴方の顔が著しく猿に似ているという事実が貴方の学説をひどく左右したのだと思います』というのであった。」 一八六八年の米国旅行から帰ってから、彼は自分の実験に着手した。ルムコルフコイル、グローヴ電池、無定位電流計、大きな・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・「あの、深水さんがね、貴方のことを――」 夕闇の底に、かえってくっきりとみえる野菊の一とむらがあるところで、彼女はしゃがんでそれをつみとりながら、顔をあおのけていった。「――青井は未来の代議士だって、妾も、信じますわ」 こい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・すると重吉は別に気にかける様子もなく、万事貴方にお任せするからよろしく願いますと言ったなり、平気でいた。刺激に対して急劇な反応を示さないのはこの男の天分であるが、それにしても彼の年齢と、この問題の性質から一般的に見たところで、重吉の態度はあ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・そこでこの煮つめたところ、煎じつめたところが沙翁の詩的なところで、読者に電光の機鋒をちらっと見せるところかと思います。これは時間の上の話であります。長い時間の状態を一時に示す詩的な作用であります。 ところで沙翁には今一つの特色があります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・が、われわれの方は人間であるという事が大切な事で、社会上よりいうときは御互に社会の一員であるけれども、われわれの方は貴方がたに比べて人間という事が大事になる。 ところがここに腕の人でもなく頭の人でもない一種の人がある。資本家というものが・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・その時分の生徒は皆恐らく今此所には一人もいないでしょう、卒業したでしょうけれども、しかし貴方がたはその後裔といいますか、跡続ぎ見たような子分見たような者で、その親分をこの教場で度々虐めていた事などがあるから、その子か孫に当るような人などは何・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・自分がきめてもいいから楽ができなかった時にすぐ機鋒を転じて過去の妄想を忘却し得ればいいが、今のように未来に御願い申しているようではとうていその未来が満足せられずに過去と変じた時にこの過去をさらりと忘れる事はできまい。のみならず報酬を目的に働・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・『兄さん、貴方は死んで呉れちゃいやですよ。決して死ぬんじゃありませんよ。貴方は普通の兵士ですよ。戦争の時、死ぬ為に、平生から扶持を受けてる人達とは違ってよ。兄さん自分から好んで、』 強い咳払いを一つ、態と三つまで続けて、其女の方の言・・・ 広津柳浪 「昇降場」
出典:青空文庫