・・・何か華やかな美しい音楽の快速調の流れが、見る人を石に化したというゴルゴンの鬼面――的なものを差しつけられて、あんな色彩やあんなヴォリウムに凝り固まったというふうに果物は並んでいる。青物もやはり奥へゆけばゆくほど堆高く積まれている。――実際あ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 性質はまじめな、たいへん厳格で律儀なものをさえ、どこかに隠し持っていましたが、それでも趣味として、むかしフランスに流行したとかいう粋紳士風、または鬼面毒笑風を信奉している様子らしく、むやみやたらに人を軽蔑し、孤高を装って居りました。長・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 現代文学の中には、まともに、野暮にくい下って、舶来博学の鬼面に脅かされない日本の批評の精神が立ち上らなければならない時だと思う。 日本の社会生活と思想の伝統に、ヨーロッパの近代市民の性格が欠けているということ。従って、近代のヨーロ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・人世の鬼面に脅かされ心の拠りどころを失った若い女性に対するはる子の同情を押しひろめてのみ、千鶴子は容れられる。然し、千鶴子は折々微かでもそのような心持を含んで対されるさえ癪で、堪え難かったからあの手紙も書いたのではあるまいか。はる子は、終に・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・嘗て純文学の精神の守護であった芸術性はとんぼ返りをうって、鬼面人を脅かす類のものに転化したのである。 以上の瞥見は、私たちに今日、何を教えているであろうか。現実に即した観察は、批判精神というものが決して抽象架空に存在し得るものではなくて・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
出典:青空文庫