・・・さて、まわりに人の墻が出来ると、李は嚢の中から鼠を一匹出して、それに衣装を着せたり、仮面をかぶらせたりして、屋台の鬼門道から、場へ上らせてやる。鼠は慣れていると見えて、ちょこちょこ、舞台の上を歩きながら、絹糸のように光沢のある尻尾を、二三度・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・―― お雪さんは、歌磨の絵の海女のような姿で、鮑――いや小石を、そッと拾っては、鬼門をよけた雨落の下へ、積み積みしていたんですね。 めそめそ泣くような質ではないので、石も、日も、少しずつ積りました。 ――さあ、その残暑の、朝・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・こうして、昔、あらたかであった神様は、今は、町の鬼門となってしまいました。そして、こんなお宮が、この町になければいいのにと怨まぬものはなかったのであります。 船乗りは、沖から、お宮のある山を眺めて怖れました。夜になると、北の海の上は永に・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・こうして、昔、あらたかであった神さまは、いまは、町の鬼門となってしまいました。そして、こんなお宮が、この町になければいいものと、うらまぬものはなかったのであります。 船乗りは、沖から、お宮のある山をながめておそれました。夜になると、この・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・たいていは馬の肢が折れるかと思うくらい、重い荷を積んでいるのだが、傾斜があるゆえ、馬にはこの橋が鬼門なのだ。鞭でたたかれながら弾みをつけて渡り切ろうとしても、中程に来ると、轍が空まわりする。馬はずるずる後退しそうになる。石畳の上に爪立てた蹄・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・それ以来両人は大佐を鬼門のように恐れていた。 またしても、むずかしい挨拶をさせられた。両人は固くなって、ぺこ/\頭を下げた。「おなかがすいたでしょう。」坐敷を立ちしなに園子が云った。「ヘエ、いえ、大事ござんせん。」 両人は、・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・昔ある大新聞の記者と称する人が現在の筆者をたずねて来て某地の地震についていろいろの奇問を連発したことがある。あまりの奇問ばかりで返答ができないからほとんど黙っていたのであるが、翌日のその新聞を見るとその記者の発した奇問がすべて筆者によって肯・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・という奇問を発している。 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・現に僕が家を持つ時なども鬼門だとか八方塞りだとか云って大に弱らしたもんだ」「だって家を持ってからその婆さんを雇ったんだろう」「雇ったのは引き越す時だが約束は前からして置いたのだからね。実はあの婆々も四谷の宇野の世話で、これなら大丈夫・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・などと日本の実際から離れた奇問は発しなかったであろう。「日本も累進率の税法で、これから文化がどしどし上る一方だよ」という理論は、常人にとって全く理解し難い。それを、「梶は日本の変化の凄まじさを今更美事だとまたここでも感服する」というのは、い・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫