・・・如何となれば世間往々旧時の教育法に恋々する者あるをもって、新教育の未だ洽ねからざるを知るべければなり。教育の効の緩慢にして、ひとたびこれに浸潤するときは、その効力の久しきに持続すること明に見るべし。 政事の性質は活溌にして教育の性質・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・他人の忠勇を嘉みするときは、同時に自から省みて聊か不愉快を感ずるもまた人生の至情に免かるべからざるところなれば、その心事を推察するに、時としては目下の富貴に安んじて安楽豪奢余念なき折柄、また時としては旧時の惨状を懐うて慙愧の念を催おし、一喜・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意してそっと置いた。この銀盤は偶然だが、実際あ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・声す忍冬の花散るたびに青梅に眉あつめたる美人かな牡丹散て打ち重りぬ二三片唐草に牡丹めでたき蒲団かな引きかふて耳をあはれむ頭巾かな緑子の頭巾眉深きいとほしみ真結びの足袋はしたなき給仕かな歯あらはに筆の氷を噛む夜かな・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・おまけに給仕がテーブルのはじの方で新らしいお酒の瓶を抜いたときなどは山男は手を長くながくのばして横から取ってしまってラッパ呑みをはじめましたのでぶるぶるふるえ出した人もありました。そこで研究会の会長さんは元来おさむらいでしたから考えました。・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・、「工場から」、「工場の歌」、「脂」、「給仕修業」などのように、今日の日本に生きる勤労大衆の生活の歴史的な一つの道行き、過程をうたったものが、一つ二つでなくあることです。私は昔万葉集や金槐集などを読み、なかなか感心したものです。きょう、短歌・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・お為着せの白服を着た給仕の側を通って、自分の机の処へ行く。先きへ出ているものも、まだ為事には掛からずに、扇などを使っている。「お早う」位を交換するのもある。黙って頤で会釈するのもある。どの顔も蒼ざめた、元気のない顔である。それもそのはずであ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・膳が出ると、夫人が漱石と私との間にすわって給仕をしてくれられた。夫人は当時三十六歳で、私の母親よりは十歳年下であったが、その時には何となく母親に似ているように感じた。体や顔の太り具合が似ていたのかもしれない。かすかにほほえみを浮かべながら、・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫