・・・、また、鯛の類というものは、まことにそういう釣をする人に具合の好く出来ているもので、鯛の二段引きと申しまして、偶には一度にガブッと食べて釣竿を持って行くというようなこともありますけれども、それはむしろ稀有の例で、ケイズは大抵は一度釣竿の先へ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・、これが別れ別れて両方後家になっていたのだナ、しめた、これを買って、深草のを買って、両方合わせれば三十両、と早くも腹の中で笑を含んで、価を問うと片方の割合には高いことをいって、これほどの物は片方にせよ稀有のものだからと、なかなか廉くない。仕・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・この頃から、節子の稀有の性格が登場する。 勝治の小使銭は一月三十円、節子は十五円、それは毎月きまって母から支給せられる額である。勝治には、足りるわけがない。一日で無くなる事もある。何に使うのか、それは後でだんだんわかって来るのであるが、・・・ 太宰治 「花火」
・・・ベーアはできるだけエネルギーを節約し貯蓄しておいて、稀有な有利の瞬間をねらいすまして一ぺんに有りったけの力を集注するという作戦計画と見られた。十回目あたりからベーアのつけていた注文の時機が到来したと見えて猛烈をきわめた連発的打撃に今までたく・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・孕の海にジャンと唱うる稀有のものありけり、たれしの人もいまだその形を見たるものなく、その物は夜半にジャーンと鳴り響きて海上を過ぎ行くなりけり、漁業をして世を渡るどちに、夜半に小舟浮かべて、あるは釣りをたれ、あるいは網を打ちて幸多かる・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・あるいはまた単にその物が古いために現今稀有である、類品が少ないという考えに伴う愛着の念が主要な点になる事もある。この趣味に附帯して生ずる不純な趣味としては、かような珍品をどこからか掘出して来て人に誇るという傾向も見受けられる。この点において・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・そうだとすると生命のあるうちにそういう稀有な日を出来るだけしみじみと味わっておかなければならない訳である。 若かった時分には四月から五月にかけての若葉時が年中でいちばんいやな時候であった。理由のない不安と憂鬱の雰囲気のようなものが菖蒲や・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・尤も科学者の中には往々そういう大事な根本義を忘れて、自分の既得の知識だけでは決して不可能を証明することの出来ない事柄を自分の浅はかな独断から否定してしまって、あとでとんだ恥をかくという例もあえて稀有ではない。こうした独断的否定はむしろ往々に・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それで今度のような事件はむしろあるいは落雷の災害などと比較されてもいいようなきわめて稀有な偶然のなすわざで、たまたまこの気まぐれな偶然のいたずらの犠牲になった生徒たちの不幸はもちろんであるが、その責任を負わされる先生も土地の人も誠に珍しい災・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・もう少し心とからだの安息を与えて、思いのままに彼の欲する仕事に没頭させた方が、かえって本当にこの稀有な偉人を尊重する所以でもあり、同時に世界人類の真の利益を図る所以にもなりはしまいか。これも考えものである。 今度のノーベル・プライズのた・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫