・・・ ことに、このたびの震災は、さらに文筆業者の生活に分裂を来たし脅威することゝなった。出版圏内の限られたことと、この際、衆俗の意嚮と趣味を無視することのできない資本主義から、ます/\作品の商品化をよぎなくするものがあるのを考えるからである・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・――若し、この善良な民衆の生活を、脅威するものがあったならば、また破壊するものがあったならばという偉大な握り固められた拳がある。斯くして人道主義の最も敬虔にして勇敢な戦士の赤誠を心ある人々の胸から胸へ伝えている。 こうした涙ぐましい、謙・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・っていない壁板に西日が射して、それが自分の部屋の東向きの窓障子の磨りガラスに明るく映って、やはり日増に和らいでくる気候を思わせるのだが、電線を鳴らし、窓障子をガタピシさせている風の音には、まだまだ冬の脅威が残っていた。「早く暖かくなって・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・実際驚異すべき鮮かさである。私にはたんにそれが女学校などで遊戯として習得した以上に、何か特別に習練を積んだものではないかと思われたほどに、それほどみごとなものであった。Tもさすがに呆気に取られたさまで、ぼんやり見やっていたが、敗けん気を出し・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・どうにかしてこの古び果てた習慣の圧力から脱がれて、驚異の念を以てこの宇宙に俯仰介立したいのです。その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯主義となろうが、将た厭世の徒となってこの生命を咀うが、決して頓着しない!「結果は頓着しません、源因を・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・それとともに、彼の立宗以来五十三歳までの、二十二年間の獅子王のごとき奮闘がいかにかかるやさしく、美しき心情から発し得たかに、驚異の念を持たざるを得ないのである。実に優にやさしき者が純熱一すじによって、火焔の如く、瀑布の如く猛烈たり得る活ける・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・古代の人が驚異したのに無理はないが、今日はバッチェット方法、ポイグナード方法、その他の方法を知れば、随分大きな魔方陣でも列べ得ること容易である。しかし魔方陣のことを談るだけでも、支那印度の古より、その歴史その影響、今日の数学的解釈及び方法ま・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・五十を越えたあなたのほうが、三十八歳の私よりも、ずっと若くて颯爽としているという事実は、私にとって、たしかに驚異でありました。あなたと私のこんな違いは、お金持と貧乏人という生活の懸隔から起ったのでは無く、あなたが之まで幾十度と無く重大の命の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・校にはいっていたとき、この文句を英文法の教科書のなかに見つけて心をさわがせ、そしてこの文句はまた、僕が中学五年間を通じて受けた教育のうちでいまだに忘れられぬ唯一の智識なのであるが、訪れるたびごとに何か驚異と感慨をあらたにしてくれる青扇と、こ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・』などと辛辣な一矢を放っているあたり、たしかに貴下の驚異的な進歩だと思いました。私のあの覆面の手紙が、ただちに貴下の製作慾をかき起したという事は、私にとってもよろこばしい事でした。女性の一支持が、作家をかく迄も、いちじるしく奮起させるとは、・・・ 太宰治 「恥」
出典:青空文庫