・・・そして人々はあたかも急に天から異人が降って来たかのように驚異の眼を彼の身辺に集注した。 彼の理論、ことに重力に関する新しい理論の実験的証左は、それがいずれも極めて機微なものであるだけにまだ極度まで完全に確定されたとは云われないかもしれな・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・こんな幼稚なものでも当時の子供に与えた驚異の感じは、おそらくはラジオやトーキーが現代の少年に与えるものよりもあるいはむしろ数等大きかったであろう。一から見た十は十倍であるが、百から見た同じ十はわずかに十分の一だからである。今の子供はあまりに・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・あらゆる映画の驚異はここに根ざしこの虚につけ込むものである。従って未来の映画のあらゆる可能性もまたこの根本的な差違の分析によって検討されるであろうと思う。 それにはまず物理的力学的な世界像を構成する要素が映画の上にいかなる形で代表されて・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 学位売買事件や学位濫授問題が新聞雑誌の商売の種にされて持て囃されることの結果が色々あるうちで、一番日本のために憂慮すべき弊害と思われることは、この声の脅威によって「学位授与恐怖病」の発生を見るに到りはしないかという心配の種が芽を出すこ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ ナイヤガラやシカゴでは別段にこれというチューインガムのエピソードはなかったように記憶するが、これはおそらく、自分の神経がこの脅威に対していくらか麻痺しかけたためであったかもしれない。 これは今から二十年前の昔話である。現在のアメリ・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・それはとにかく、グロテスク美術が自然や文明の脅威から生れるものとすれば、あらゆる意味で不安な現代日本で産み出される絵画がこういう傾向をとる事は怪しむに足らないかもしれない。今の人間が鉄と電気の文明から受ける脅威は、未開時代の蛮民が自然から受・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・それを逃れたとしても必然に襲うて来る春寒の脅威は避け難いだろう。そうすると罎を出るのも考えものかもしれない。 過去の旅嚢から取り出される品物にはほとんど限りがない。これだけの品数を一度に容れ得る「鍋」を自分は持っているだろうか。鍋はある・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・こうなるとさすがに雑草の脅威といったようなものを感じて、とうとう草刈りをはじめる決心をした。 草刈り鎌にいろいろの種類のある事を知ったのはその時である。鎌の使い方、鎌のとぎ方も百姓に伝授を受けていよいよ取りかかった。 刈り始めてみる・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ 大阪の町でも、私は最初来たときの驚異が、しばらく見ている間に、いつとなしにしだいに裏切られてゆくのを感じた。経済的には膨脹していても、真の生活意識はここでは、京都の固定的なそれとはまた異った意味で、頽廃しつつあるのではないかとさえ疑わ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ニイチェの驚異は、一つの思想が幾つも幾つもの裏面をもち、幾度それを逆説的に裏返しても、容易に表面の絵札が現れて来ないことである。我々はニイチェを読み、考へ、漸く今、その正しい理解の底に達し得たと安心する。だがその時、もはやニイチェはそれを切・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫