・・・ 其朝なんか、よっぽど可笑しかった、兼公おれの顔を見て何と思ったか、喫驚した眼をきょろきょろさせ物も云わないで軒口ヘ飛んで出た、おれが兼さんお早ようと詞を掛ける、それと同んなじ位に、「旦那何んです」 とあの青白い尖口の其のたまげ・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 黒んぼは、日当たりの途を歩いて、あたりを物珍しそうに、きょろきょろとながめながらやってきますと、ふと、町角のところで、うす青い着物をきた娘に出あいました。娘は黒んぼを、物珍しそうに振り返りますと、黒んぼは立ち止まって、不思議そうに、娘・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・ 女はまた改札口を出て行って、きょろきょろ暗がりの中を見廻していたがすぐ戻って来て、「たしかここが荒神口だときいて来たんですけど……」「こんなに遅く、どこかをたずねられるんですか」「いいえ、荒神口で待っているように電報が来た・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・誰かが見て嗤ってやしないだろうかと、思わずそのあたりきょろきょろ見廻わす自分が、可哀想だった。待ち呆けをくっている女の子の姿勢で、ハンドバックからあの人の手紙をだして、読み直してみた。その日の打ち合わせを書いたほかに、僕は文楽が大好きです、・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・何と言ったらいいか、この手の婦特有な狡猾い顔付で、眼をきょろきょろさせている。眼顔で火鉢を指したり、そらしたり、兄の顔を盗み見たりする。こちらが見てよくわかっているのにと思い、財布の銀貨を袂の中で出し悩みながら、彼はその無躾に腹が立った。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・豊吉は物に襲われたように四辺をきょろきょろと見まわして、急いで煉塀の角を曲がった。四辺には人らしき者の影も見えない。『四郎だ四郎だ、』豊吉はぼんやり立って目を細くして何を見るともなくその狭い樹の影の多い路の遠くをながめた。路の遠くには陽・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・神崎はきょろきょろしながら、「春子さん、何物も無いじアありませんか。」「ほら其処に妙な物が。……貴様お眼が悪いのねエ」「どれです。」「百日紅の根に丸い石があるでしょう。」「あれが如何したのです。」「妙でしょう。」・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・』母親がきょろきょろと見回すと、『なに。』お梅は大きな声で返事をした。『どこにいたのさっきから。』『ここで聴いていたのよ、そして頭が痛くって……』と顔をしかめて頭をこつこつと軽くたたく。『奥へ行って、寝みな、寝てたッて聞こえ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・電車の隅で一賤民のごとく寒さにふるえて眼玉をきょろきょろうごかしていただけのことであったのである。途中、青松園という療養院のまえをとおった。七年まえの師走、月のあかい一夜、女は死に、私は、この病院に収容された。ひとつきほど、ここで遊んで、か・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私は平和主義者なので、きのうも十畳の部屋のまんなかに、一人あぐらをかいて坐って、あたりをきょろきょろ見まわしていましたが、部屋の隅がはっきりわかって、人間、けんかの弱いほど困ることがない。汽船荷一。」「おくるしみの御様子、みんなみんな、・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫