・・・氷も水に洗われた角には、きらりと電燈の光を反射していた。 けれども翌朝の多加志の熱は九度よりも少し高いくらいだった。Sさんはまた午前中に見え、ゆうべの洗腸を繰り返した。自分はその手伝いをしながら、きょうは粘液の少ないようにと思った。しか・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ところがそこへ来て見ると、男は杉の根に縛られている、――女はそれを一目見るなり、いつのまに懐から出していたか、きらりと小刀を引き抜きました。わたしはまだ今までに、あのくらい気性の烈しい女は、一人も見た事がありません。もしその時でも油断してい・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・――こう云うお敏の言葉が終らない内に、柳に塞がれた店先が一層うす暗くなったと思うとたちまち蚊やり線香の赤提燈の胴をかすめて、きらりと一すじ雨の糸が冷たく斜に光りました。と同時に柳の葉も震えるかと思うほど、どろどろと雷が鳴ったそうです。泰さん・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ よし、眉の姿ただ一枚でも、秦宗吉の胸は、夢に三日月を呑んだように、きらりと尊く輝いて、時めいて躍ったのである。 ――お千と言った、その女は、実に宗吉が十七の年紀の生命の親である。―― しかも場所は、面前彼処に望む、神田明神の春・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・紫玉はあの、吹矢の径から公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣りに翳しながら、袖を柔かに、手首をやや硬くして、あすこで抜いた白金の鸚鵡の釵、その翼をちょっと抓んで、きらりとぶら下げているのであるが。 仔細は希有な、…… 坊主・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・……一度伏せた羽を、衝と張った、きらりと輝かした時、あの緑の目を、ちょっと此方へ振動かした。 小狗の戯にも可懐んだ。幼心に返ったのである。 教授は、ほとびるがごとき笑顔になった。が、きりりと唇をしめると、真黒な厚い大な外套の、背腰を・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・石畳の上に爪立てた蹄のうらがきらりと光って、口の泡が白い。痩せた肩に湯気が立つ。ピシ、ピシと敲かれ、悲鳴をあげ、空を噛みながら、やっと渡ることができる。それまでの苦労は実に大変だ。彼は見ていて胸が痛む。轍の音がしばらく耳を離れないのだ。・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・ 奥の知れないような曇り空のなかを、きらりきらり光りながら過ってゆくものがあった。 鳩? 雲の色にぼやけてしまって、姿は見えなかったが、光の反射だけ、鳥にすれば三羽ほど、鳩一流のどこにあてがあるともない飛び方で舞っていた。「・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 古江は、きらりとすごい眼つきをした。京一は、桃桶を袋の口にあてがいはずして、諸味を土の上にこぼしたのである。諸味は、古江の帆前垂から足袋を汚してしまった。「くそッ?」「ははははは……」 傍で袋をはいでいる者達は面白がって笑・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・そうして、あの女に拾われてしまったのだと、なぜだか電光の如くきらりと思い込んでしまいました。きっとあの人には盗癖があって、拾っても知らぬ振りをしているのだ。あんな淋しそうな女には、意外にも盗癖があるものだ。けれども私は、ゆるしてやろう。など・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫