国鉄のクビキリが人々の注目をあつめはじめると同時に、列車妨害の記事が毎日、新聞へ出るようになった。九州ではトンネルの入口にダイナマイトをしかけた者さえあった。 そしてそれらの新聞記事は、それらの妨害がどれも鉄道の専門知・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・工場での首キリ反対、賃下げ反対に立ってストライキした婦人労働者は五万人もいるし、農村で地主との闘いに勇ましく闘う婦人の数も決してわずかではない。そういうプロレタリア、農民の婦人たちの生活はプロレタリア、農民の婦人のペンによってこそ最もよく伝・・・ 宮本百合子 「婦人読者よ通信員になれ」
・・・ダーリヤは、さっと肌理のこまかい頸筋を赧らめた。夫を睨んだ。が、娘っぽい、悪戯らしい頬笑みが、細い、生真面目な唇にひろがった。――マリーナは、彼女の顔の前にまだ新聞をひろげている。 皆が飲み終る頃、二階じゅうを揺り動かして、羅紗売りのス・・・ 宮本百合子 「街」
・・・日本の中にだって手近いところで市電の大首キリが迫っているし、八幡製鉄所に千人ちかい整理である。東北青森地方はひどい飢饉です。 そういうことはちょいと新聞にのるだけであとは、どっちを向いても「満蒙」「満蒙」です。われわれの考えるべきこと熱・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
・・・ 良人と私の思想について この頃のようにサシ迫った世の中になり、働く者プロレタリア、農民の利益とそれを搾るブルジョア、地主の利益との衝突がハッキリして来れば、自然わたし達の生活にも、人間らしく生きるためには、ど・・・ 宮本百合子 「「我らの誌上相談」」
・・・島原征伐がこの年から三年前寛永十五年の春平定してからのち、江戸の邸に添地を賜わったり、鷹狩の鶴を下されたり、ふだん慇懃を尽くしていた将軍家のことであるから、このたびの大病を聞いて、先例の許す限りの慰問をさせたのも尤もである。 将軍家がこ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
市の中心を距ること遠き公園の人気少き道を男女逍遥す。 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来ましたのですわ。さあ、お別れにこの手に・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ しかし結局、身辺小説といわれているものに優れた作品の多いことは事実であり、またしたがって当然でもあるが、私はたとい愚作であろうとかまわないから、出来得る限り身辺小説は書きたくないつもりである。理由といっては特に目立った何ものもない。た・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・「なんでも疲れた人、病気な人は内にいるに限りますよ。」 フィンクはこんな事を思った。まだ若い女らしいな。こう思って返事をした。「でも時候が違うではございませんか。」言ってしまって、如何にも自分の詞が馬鹿気て、拙くて、荒っぽかったと感じた・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・しかし僕はあなたが聞いて下さるからッて、好気になって、際限もなく話しをしていたら、退屈なさるでしょうから、いい加減にしますが、モ一ツ切り話しましょう。僕はこの時の事が悲しいといえば実に何ともいえないほど悲しいんですが、またどことなく嬉しいよ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫