・・・ 網野さんが首をちぢめ、例の小ちゃい金冠の歯が光り、睫毛の長い独特の眼が感興で活々した。「行きましたか? 近頃」「いいえ、でも行く前に一遍来たいと思ったんです」 堤を行くとき、「言問いでこの頃洋食をやっているんですってね・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・市中ではみんな金冠を使っています。一定量だけ各医院に配給されるのだそうです。 今読んでいるカロッサの小説は本物で、なかなか面白く、一日置きに読んでもらうのが待遠しゅうございます。カロッサが大戦後のドイツの生活のなかから希望と精神の確乎と・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・栗色の厚い髪を金冠が押えて耳の下で髪のはじがまがって居る。後から多くの供人。王が大きい方の椅子に坐すと供人が後に立ち、香炉持ハ左右に。紫っぽい細い煙りは絶えず立ちのぼって王の頭の上に舞う。王 法王はわしに会いに参ったそ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ もう真黄に熟れて居る金柑が、如何にも美味しそうに見える。 私が七つか八つの時分、金柑が大好きで、その頃向島に居た祖母のところへ宿りに行くときっと浅草につれて行ってもらって、金柑の糸の袋に入ったのを買ってもらった。 狭い帯を矢の・・・ 宮本百合子 「南風」
野上豊一郎君の『能面』がいよいよ出版されることになった。昨年『面とペルソナ』を書いた時にはすぐにも刊行されそうな話だったので、「近刊」として付記しておいたが、それからもう一年以上になる。網目版の校正にそれほど念を入れていたのである。そ・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・能面についての具体的なことは近刊野上豊一郎氏編の『能面』を見られたい。氏は能面の理解と研究において現代の第一人者である。 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫