・・・緑郎も近視。全くこれではベルリンの小学生ではないが、支那人と日本人の違いはどこで判るか? ハイ日本人というものは眼鏡と写真機をもっています、ですね。 四日。火曜日、夜中の二時。 早寝をしているはずなのに、こんな時間に手紙を書いたので・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・日の日本の特徴的な相貌としては、云わば自然なそういう作家の変りかたにおいて、作家の変ることが語られているのではなくて、たとえばこれまではシャボテンであったがこれからは蘇鉄でなければならないと、銘仙から金糸でも抜くことのように云われ勝なところ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・昔々モスクワ大公が金糸の刺繍でガワガワな袍の裾を引きずりながら、髯の長い人民を指揮してこしらえた中世紀的様式の城壁ある市だ。現代СССРの勤労者が生産に従事し新しい生活様式をつくりつつある工場、クラブと、住んで、そこで石油コンロを燃している・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 目に余る贅沢 金銀の使用がとめられている時代なのにデパートの特別売場の飾窓には、金糸や銀糸をぎっしり織込んだ反物が出ていて、その最新流行品は高価だが、或る種の女のひとはその金めだろうけれどいかつい新品を身につ・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 天鵝絨のように生えた青草の上に、蛋白石の台を置いて、腰をかけた、一人の乙女を囲んで、薔薇や鬱金香の花が楽しそうにもたれ合い、小ざかしげな鹿や、鳩や金糸雀が、静かに待っています。 そして、台の左右には、まるで掌に乗れそうな体のお爺さ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・「そうすると文学の本に発売禁止を食わせるのは影を捉えるようなもので、駄目なのだろうかね。」 木村が犬塚の顔を見る目はちょいと光った。木村は今云ったような犬塚の詞を聞く度に、鳥さしがそっと覗い寄って、黐竿の尖をつと差し附けるような心持・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ そのうちにこういう小説がぽつぽつと禁止せられて来た。その趣意は、あんな消極的思想は安寧秩序を紊る、あんな衝動生活の叙述は風俗を壊乱するというのであった。 丁度その頃この土地に革命者の運動が起っていて、例の椰子の殻の爆裂弾を持ち廻る・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・の徹底的禁止を論じている。足軽は応仁の乱から生じたものであるが、これは暴徒にほかならない。下剋上の現象である。これを抑えなければ社会は崩壊してしまうであろう、というのである。彼は民衆の力の勃興を眼前に見ながら、そこに新しい時代の機運の動いて・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
芸術の検閲 ロダンの「接吻」が公開を禁止されたとき、大分いろいろな議論が起こった。がその議論の多くは、検閲官を芸術の評価者ででもあるように考えている点で、根本に見当違いがあったと思う。 検閲官は芸術の解らない人であって・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・これはもと幕府の奢侈禁止令に対して起こったことであるかもしれぬが、やがてそれが一つの好みになってくると、奢侈をなし得る能力のあるものでも、それを遠慮した形で、他人に見せびらかさない形でやることが、奥ゆかしいように感ぜられて来た。これは欧米人・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫