・・・偶然丸善から取り寄せた「近世美術」を見たら、その中にロージャー・フライという人がこの花を主題にして描いた水彩があったのでそれがわかった。この絵に付した解説にこんな事が書いてある。「この絵はほんとうに特徴のスタディと呼ばるべきものである。物を・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ 従来哲学の一部分であった科学が、近世の始め文芸復興期以来に長足の進歩をなした所以もまた科学の対象が能知者から解放された事に起因すると云ってもよい。科学が価値道徳の問題から離れて自由な天地を得たために始めて手足を延ばしたのである。しかし・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・「帯刀の廃止、決闘の禁制が生んだ近代人の特典は、なんらの罰なしに自分の気に入らない人に不当な侮辱を与えうる事である。愚弄に報ゆるに愚弄をもってし、当てこすりに答えるに当てこすりをもってする事のできる場合には用はないが、無言な正義が饒舌な機知・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・この小さな日本を六十幾つに劃って、ちょっと隣へ往くにも関所があり、税関があり、人間と人間の間には階級があり格式があり分限があり、法度でしばって、習慣で固めて、いやしくも新しいものは皆禁制、新しい事をするものは皆謀叛人であった時代を想像して御・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・しかし歳月の過るに従い、繁激なる近世的都市の騒音と燈光とは全くこの哀調を滅してしまったのである。生活の音調が変化したのである。わたくしは三十年前の東京には江戸時代の生活の音調と同じきものが残っていた。そして、その最後の余韻が吉原の遊里におい・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・されば賤業婦の美を論ずるには、極端に流れたる近世の芸術観を以てするより外はない。理性にも同情にも訴うるのでなく、唯過敏なる感覚をのみ基礎として近世の極端なる芸術を鑑賞し得ない人は、彼からいえば到底縁なき衆生であるのだ。女の嫌いな人に強て女の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・オペラは帝国劇場を主管する山本氏の斡旋に依って邦人の前に演奏せられ、仏蘭西近世の美術品と江戸の浮世絵とは素封家松方氏の力によって極東の地に輸送せられた。日本の芸術界は此の二氏の周旋を俟って、未曾て目にしたことのなかった美術の名作を目睹し、ま・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・芸者、芸人、鳶者、芝居の出方、博奕打、皆近世に関係のない名ばかりである。 自分はふと後を振向いた。梅林の奥、公園外の低い人家の屋根を越して西の大空一帯に濃い紺色の夕雲が物すごい壁のように棚曳き、沈む夕日は生血の滴る如くその間に燃えている・・・ 永井荷風 「深川の唄」
仏蘭西現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit des Eaux と題する一巻の詩集を著・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・町の店はみんなやすんで買物などはいっさい禁制だ。明る土曜はまず平常の通りで、次が「イースター・サンデー」また買物を禁制される。翌日になってもう大丈夫と思うと、今度は「イースター・モンデー」だというのでまた店をとじる。火曜になってようやくもと・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫