・・・その世界では現在あるような活字で印刷した書物の代りに映画のフィルムのようなものが出来ていて、書庫の棚にはその巻物がぎっしり詰っている。小説でも歴史の本でも皆そういう巻物になっていて、それを机上の器械にはめてボタンを押すとその内容が器械のスク・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・ 先生のノートや原稿を見るときれいな細字で紙面のすみからすみまでぎっしり詰まっていて、「余白」というものがほとんどなかったようである。 しかし先生は、「むだ」や「余白」だらけのだらしのない弟子たちに対して、真の慈父のような寛容をもっ・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返されたのであるから、再び詰めるのがなかなか大変であった。これが自分の室内ならとにかく、税関の広い土間の真中で衆人環視のうちにやるのである・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・田舎では草も木も石も人間くさい呼吸をして四方から私に話しかけ私に取りすがるが、都会ではぎっしり詰まった満員電車の乗客でも川原の石ころどうしのように黙ってめいめいが自分の事を考えている。そのおかげで私は電車の中で難解の書物をゆっくり落ち付いて・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ 丸善の二階の北側の壁には窓がなくて、そこには文学や芸術に関する書籍が高い所から足もとまでぎっしり詰まっている。文学書では、どちらかと言えば近代の人気作家のものが多くてそれらが最も目につきやすい所に並んでいる。中学時代にわれわれが多く耳・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・もちろん東京とちがって、大阪は町がぎっしりだからね。その割にしては郊外の発展はまだ遅々としているよ」「それああなた、人口が少ないですがな」「しかし少し癪にさわるね。そうは思わんかね」などと私は笑った。「初めここへ来たころは、私も・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・一人の瞽女が立ったと思うと一歩でぎっしり詰った聞手につかえる。瞽女はどこまでもあぶなげに両方の手を先へ出して足の底で探るようにして人々の間を抜けようとする。悪戯な聞手はわざと動かないで彼の前を塞ごうとする。憫な瞽女は倒れ相にしては徐に歩を運・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ほんとうにこんなような蝎だの勇士だのそらにぎっしり居るだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思ってたりしてしばらくぼんやり立って居ました。 それから俄かにお母さんの牛乳のことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。そ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・中には十冊ばかりの本がぎっしりはいっておりました。開いて見ると、てぐすの絵や機械の図がたくさんある、まるで読めない本もありましたし、いろいろな木や草の図と名前の書いてあるものもありました。 ブドリはいっしょうけんめい、その本のまねをして・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ セロ弾きは何と思ったかまずはんけちを引きさいてじぶんの耳の穴へぎっしりつめました。それからまるで嵐のような勢で「印度の虎狩」という譜を弾きはじめました。 すると猫はしばらく首をまげて聞いていましたがいきなりパチパチパチッと眼をした・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
出典:青空文庫