・・・そして彼女はぎょっとした。 お品とおきみとは、七八人の子供達と縄飛びをしていた。楽しそうにきゃア/\叫んだりしていた。二人は、お里が呼んでも帰ろうとしなかった。「これッ! 用があるんだよ!」「なあに?」「用があるんだってば!・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 兄妹五人、ぎょっとして立ち上った。 母は、ひとり笑い崩れた。 太宰治 「愛と美について」
・・・ 私は飛び上るほど、ぎょっとした。いいえ、もう、それには、とはげしく拒否して、私は言い知れぬ屈辱感に身悶えしていた。 けれども、お巡りは、朗かだった。「子供がねえ、あなた、ここの駅につとめるようになりましてな、それが長男です。そ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ 私は、ぎょっとしましたが、しいて平気を装って、「まあ、素早い。」「そこが、ピストル強盗よりも凄いところさ。」 その女のひとのために、内緒でお金の要る事があったのに違いないと私は思いました。「それじゃ、何を着ていらっしゃ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ そいつが小屋の入口に、ゆっくり顔を出したとき、百姓どもはぎょっとした。なぜぎょっとした? よくきくねえ、何をしだすか知れないじゃないか。かかり合っては大へんだから、どいつもみな、いっしょうけんめい、じぶんの稲を扱いていた。 ところ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・と言いながら、その子の顔を見ますと、ホモイはぎょっとしてあぶなく手をはなしそうになりました。それは顔じゅうしわだらけで、くちばしが大きくて、おまけにどこかとかげに似ているのです。 けれどもこの強い兎の子は、決してその手をはなしませんでし・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人が立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇ぎながら・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 筒抜けに上機嫌な一太の声を、母親はぎょっとしたようなひそひそ声で、「そうかい、そりゃお手柄だ」といそいで揉み消した。「さあもう一っ稼ぎだ」 また風呂敷包を両手に下げた引かけ帯の見窄しい母親と並んで、一太は一層商売を心得・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・破れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革のボールであった。赤い皮の水瓜などない筈だが、この頃どの店先でも沢山水瓜を見、自分達で食べもするので夏らしい錯誤を起した。笑って歩いて・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・と云い乍ら、顔をかえて水口から入って来た時、自分は、ぎょっとした。 彼女の息子二人は、結核で死んで居る。又、今度も! と云う感じが、忽ち矢のように心を走ったのである。 生きるか死ぬか、母娘諸共と云うような場合、此方の困ることを云・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫