・・・或時句作をする青年に会ったら、その青年は何処かの句会に蛇笏を見かけたと云う話をした。同時に「蛇笏と云うやつはいやに傲慢な男です」とも云った。僕は悪口を云われた蛇笏に甚だ頼もしい感じを抱いた。それは一つには僕自身も傲慢に安んじている所から、同・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・文人が公民権が無くとも、代議士は愚か区会議員の選挙権が無くとも、社会的には公人と看做されないで親族の寄合いに一人前の待遇を受けなくとも文人自身からして不思議と思わなかった。寧ろ文人としては社会から無能者扱いを受けるのを当然の事として、残念と・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 誰かも云ったように、砂漠と苦海の外には何もない荒涼落莫たるユダヤの地から必然的に一神教が生れた。しかし山川の美に富む西欧諸国に入り込んだ基督教は、表面は一神でありながら内実はいつの間にか多神教に変化した。同時にユダヤ人の後裔にとっての・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・アフリカのほうにははるかに兀とした岩山の懸崖が見え、そのはずれのほうはミラージュで浮き上がって見えた。苦海では思いのほか涼しい風が吹いたが、再び運河に入るとまた暑くなった。ところどころにあるステーションだけにはさすがに樹木の緑があって木陰に・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ある区会議員の選挙演説では、当区内の浴場をぜひよく致しますといわれました。こういう選挙演説がアッピールするのは、みんなの要求がそこにあるということの明瞭なしるしです。風呂について、わたしたちの感情は所有慾から利用の慾望に発展して来ているので・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ 明治十三年に神田の区会に婦人傍聴者が現れたということが神崎清氏の婦人年鑑にあって、それから明治二十三年集会結社法で婦人の政談傍聴禁止がしかれるまで、成田梅子、村上半子、景山英子らの活溌な動きがあったのだが、岸田俊子にしろ当時の自由党員・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・今日も憲兵がついて来たのですが、句会があるからと云って、品川で撒いちゃいました。」 帰ってから憲兵への口実となる色紙の必要なことも、それで分った。梶は、自分の色紙が栖方の危険を救うだけ、自分へ疑惑のかかるのも感じたが、門標につながる縁も・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫