・・・木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その傍に Liberty の薄絹を張った硝子戸がある。隣の室に通じているのであろう。随分無趣味な装飾ではあるが、・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 私共は、彼の為にみかん箱の寝所を拵え、フランネルのくすんだ水色で背被いも作ってやった。 彼は、今玄関の隅で眠り、時々太い滑稽な鼾を立てて居る。 女中が犬ぎらいなので少し私共は気がねだ。又、子のない夫婦らしい偏愛を示すかと、自ら・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ くすんだ様な部屋の中に、ポッツリ独りで居るのが仕舞いには辛くなって来る。 若い人達が頭にさして居る様な、白い野菊の花だの、クリーム色をみどりでくまどったキャベージに似たしなやかな葉のものや、その他赤いのや紫のや、沢山の花のしげって・・・ 宮本百合子 「草の根元」
黄銅時代の為に、○彼は丁度四月の末に幼葉をつけた古い柿のような心持のする人である。 くすんだ色の幹や、いかつい角で曲って居る枝。その黒い枝の先々に、丸味のある柔かい若葉が子供らしくかたまって着いて居る通りに、彼の・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・プラットフォームの屋根の直ぐ下に列車の黒い屋根があり、あたりはあまり明るくないところへ、並んでるどの車もくすんだ色だから陰気に見えた。 国立出版所に働いてるナターリアが、 ――所書なくさないようにね、ああ、それから荷物のそばにきっと・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 千世子はだまって小ぢんまりした束髪に結って年にあわせては、くすんだ衿をかけて居る女のいたいたしく啜り泣くのを見て居た。「泣くのなんかお止めよ、 ね。 悪いこっちゃあないんだもの、 私だってよろこんで居るんだよ。」 ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 遠目には見得ようもない地の襞、灌木の茂みに従って、同じ紺碧の色も、或るところはやや青味がちに、また或るところはくすんだ赤味をまして、驚くべき巧みな蔭のつけられてある麓の末は、その前へ一段低く連なった山の峯のうちへと消えている。 そ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・雪がまだらに、淡く残っている処は、いぶし銀の様に、くすんだ、たとえ様もない光を放して居る。始めて一眼見た時は、ただそれだけの色である。 けれ共、その、まばゆい色になれてなおよくその山々を見つめると、雲の厚味により、山自身の凹凸により、又・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・巣鴨から来た電車がゆっくり白山を下りて指ケ谷へ出る、その辺で左手の裸の崖を眺めると、くすんだ赤い煉瓦の塀のくずれたところがあったりして、やはり荒廃のうちに一種の美しさが感じられる。この左手の崖の上に、白く大きくコンクリートの建物がのこってい・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・そこには詰襟のフロックコートへ銀モールをつけたような制服の守衛とくすんだ色の上被りをつけた四十前後の女のひとが二三人いて、婦人傍聴人は一人一人その女のひとがまたすっかり帯の下へまで手を入れて調べるのであった。財布もここでは出した。外からさわ・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
出典:青空文庫