・・・ 日が暮れると、判で押したように、辰之助がやってきた。道太は少し沮げていたが、お絹がこの間花に勝っただけおごると言うので、やがて四人づれで、このごろ披露の手拭をつけられた山の裾の新らしい貸席へ飯を食べに行った。それはお絹からみると、また・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ この年月の経験で、鐘の声が最もわたくしを喜ばすのは、二、三日荒れに荒れた木枯しが、短い冬の日のあわただしく暮れると共に、ぱったり吹きやんで、寒い夜が一層寒く、一層静になったように思われる時、つけたばかりの燈火の下に、独り夕餉の箸を取上・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・行先さだめず歩みつづけて、いつか名も知らず方角もわからぬ町のはずれや、寂しい川のほとりで日が暮れる。遠くにちらつく燈火を目当に夜道を歩み、空腹に堪えかねて、見あたり次第、酒売る家に入り、怪しげな飯盛の女に給仕をさせて夕飯を食う。電燈の薄暗さ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・「楽だって、もう日が暮れるよ、早く上がらないと」「君」「ええ」「ハンケチはないか」「ある。何にするんだい」「落ちる時に蹴爪ずいて生爪を剥がした」「生爪を? 痛むかい」「少し痛む」「あるけるかい」「ある・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・大概は日が暮れる前に終る事と思います。私がこうやって好加減な事をしゃべって、それが済むとあとから、上田さんが代ってまた面白い講話がある。それから散会となる。私の講話も、上田さんの演説も皆経過する事件でありまして、この経過は時間と云うものがな・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・けれども私を使って呉れる人はない。私は工場で余り乾いた空気と、高い温度と綿屑とを吸い込んだから肺病になったんだ。肺病になって働けなくなったから追い出されたんだ。だけど使って呉れる所はない。私が働かなけりゃ年とったお母さんも私と一緒に生きては・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・と云って呉れるがいた。 だんだんは大きく、大胆になって行った。 汽車は滑かに、速に辷った。気持よく食堂車は揺れ、快く酔は廻った。 山があり、林があり、海は黄金色に波打っていた。到る処にがあった。どの生活も彼にとっては縁のないもの・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・坊やを連れて行って呉れるの。公園に行こうね。お猿さんを見に行こうね。ね、そしてお芋をやろうね」「ああ、いいとも、公園に行くんだ。そして公園でおとなしくお猿さんと遊ぼうね」「公園に行こうね、おしゃるしゃんとあそぼうね」 子供は、吉・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・村に帰ったら、皆さんへ宜敷く云って呉れるがいい。』『ああ、能う御座えますよ。』 二人はもう何も云う事がなくなった様に、互に顔を見てお居ででしたが、女の人は急に思出した様に、抱いて居た赤さんの顔を夫へお見せでして、『此子はお前さんの顔・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」兵卒一同「いいえ、だめであります。だめであります。」特務曹長「いかん。貴様たちに命令する。将軍のお・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
出典:青空文庫