・・・に渡りて軍の巷危うきを犯し、露に伏し雨風に打たるる身の上を守りたまえと祈念し、さてその次にはめでたく帰国するまで幸衛門を初めお絹お常らの身に異変なく来年の夏またあの置座にて夕涼しく団居する中にわれをも加えたまえと祈り終わりてしばしは頭を得上・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦愛を傷つける場合は少なくないし、またあまりそういう働きのあるような婦人は、愛が濃やかでなく、すべて受身でなく可愛らしげがないとい・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 内地米と外米の五分五分の混合、あるいは六分四分の混合に平麦を加えるとどうもばらつきようがひどいので糯米を二分ほど加えてみた。 平麦のかわりに丸麦を二度たきとして、ねりつぶしてねばりをつけた。 黄粉をまぶして食ってみた。 数・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・と古えの賤の苧環繰り返して、さすがに今更今昔の感に堪えざるもののごとく我れと我が額に手を加えたが、すぐにその手を伸して更に一盃を傾けた。「そうこうするうち次郎坊の方をふとした過失で毀してしまった。アア、二箇揃っていたものをいかに過失・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ お新は母親のためにも煙草を吸いつけて、細く煙の出る煙管を母親の口に銜えさせるほどの親しみを見せた。この表情はおげんを楽ませた。おげんは娘から勧められた煙管の吸口を軽く噛み支えて、さもうまそうにそれを燻した。子の愛に溺れ浸っているこの親・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 何となく寂びれて来た矢場の中には、古城に満ち溢れた荒廃の気と、鳴を潜めたような松林の静かさとに加えて、そこにも一種の沈黙が支配していた。皮の剥げたほど古い欅の若葉を通して、浅間一帯の大きな傾斜が五月の空に横わるのも見えた。矢場の後にあ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・それだからその圧を加えられて、ぽうっとしてよろめきながら歩いているのである。そんな風であるから、どうして外の人の事に気を留める隙があろう。自分と一しょに歩いているものが誰だということをも考えないのである。連とはいいながら、どの人をも今まで見・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・今日、両親と別れるのが辛くて歎いている心は、やがて、自分の為になる財産の一つとなるだろうと考えたので、彼は、それをも、スバーに対する信用の一つに加えました。牡蠣についた真珠のように、娘の涙は彼女の価値を高めるばかりでした。彼は、スバーが自分・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ギリシャは琴に絃を一本附け加えた者を追放しました。芸術は拘束より生れ、闘争に生き、自由に死ぬのであります。」 なかなか自信ありげに、単純に断言している。信じなければなるまい。 私の隣の家では、朝から夜中まで、ラジオをかけっぱなしで、・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・と附け加えたかったのを、我慢して呑み込んだ。「うん。書きものだ。」こう云うとたんに、丁度美しい小娘がジュポンの裾を撮んで、ぬかるみを跨ごうとしているのを見附けた竜騎兵中尉は、左の手にを握っていた軍刀を高く持ち上げて、極めて熱心にその娘の・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫