・・・私は残ったお酒をぐいぐい呑み、ひとりでごはんをよそって食べましたが、実にばからしい気持でした。藤十郎が、こんなひどい目に遇うとは、思いも設けなかった事でした。とかく、むかしの伝説どおりには行かないものです。「何しるでえ!」には、おどろきまし・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 笹島先生は、酒をお猪口で飲むのはめんどうくさい、と言い、コップでぐいぐい飲んで酔い、「そうかね、ご主人もついに生死不明か、いや、もうそれは、十中の八九は戦死だね、仕様が無い、奥さん、不仕合せなのはあなただけでは無いんだからね。」・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・こうしてペンを握ったまま、目を閉じると、からだがぐいぐい地獄へ吸い込まれるような気がして、これではならぬと、うろうろうろうろ走り書きしたるものを左に。 日本文学に就いて、いつわりなき感想をしたためようとしたのであるが、はたせるかな、・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・小さい盃の中の酒を、一息にぐいと飲みほしても、周囲の人たちが眼を見はったもので、まして独酌で二三杯、ぐいぐいつづけて飲みほそうものなら、まずこれはヤケクソの酒乱と見なされ、社交界から追放の憂目に遭ったものである。 あんな小さい盃で二、三・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・鮒か、うなぎか、ぐいぐい釣糸をひっぱるように、なんだか重い、鉛みたいな力が、糸でもって私の頭を、ぐっとひいて、私がとろとろ眠りかけると、また、ちょっと糸をゆるめる。すると、私は、はっと気を取り直す。また、ぐっと引く。とろとろ眠る。また、ちょ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 私はさらにまた注いでやりながら、「でも、あんまりぐいぐいやると、あとで一時に酔いが出て来て、苦しくなるよ」「へえ? おかど違いでしょう。俺は東京でサントリイを二本あけた事だってあるのだ。このウイスキイは、そうだな、六〇パーセン・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ と妻が言いますと、そのおかみさんも、淋しそうな顔をして、少し笑い、「うちの子供などは、そりゃもう吸い方が乱暴で、ぐいぐいと、痛いようなんですけれども、この坊ちゃんは、まあ、遠慮しているのかしら。」 弱い子は、母親でないひとの乳・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ゆきさんも、その夜は、いそがしいらしく、お酒を持って来ても、すぐまた他へ行ってしまうし、ちがった女中も来ず、笠井さんは、ぐいぐいひとりで呑んで、三本目には、すでに程度を越えて酔ってしまって、部屋に備えつけの電話で、「もし、もし。今夜は、・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・顔をしかめて、ぐいぐい飲んだのであろう。やけ酒に似ている。この作品発表の年月は、明治四十二年五月となっている。私たちの生れない頃である。鴎外の年譜を調べてみると、鴎外はこの時、四十八歳である。すでにその二年前の明治四十年、十一月十五日に陸軍・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・しかしこのような見え透いた細工だけであれほどの長い時間観客を退屈させないでぐいぐい引きずり回して行くだけの魅力を醸成することはできそうに思われない。それにはもっともっと深い所に容易には簡単な分析的説明を許さないような技術が潜伏しているに相違・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫