・・・柔らげた竹の端を樫の樹の板に明けた円い孔へ挿込んでぐいぐい捻じる、そうしてだんだんに少しずつ小さい孔へ順々に挿込んで責めて行くと竹の端が少し縊れて細くなる。それを雁首に挿込んでおいて他方の端を拍子木の片っ方みたような棒で叩き込む。次には同じ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ただし、左の下あごの犬歯の根だけ残っていたのが容易に抜けないので、がんじょうな器械を押し当ててぐいぐいねじられたときは顎骨がぎしぎし鳴って今にも割れるかと思うようで気持ちが悪かった。手術がすんだら看護婦が葡萄酒を一杯もって来て飲まされ、二三・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・自分のさげていた虫かごを見つけると母親の手を離れてのぞきに来たが、目を丸くして母親のほうへ駆けて行って、袖をぐいぐい引っぱっていると思うと、また虫かごをのぞきに来た。母親は早くおいでよと呼ぶけれども、なかなか自分のそばを離れぬ。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 圭さんは何にも云わずに一生懸命にぐいぐい擦る。擦っては時々、手拭を温泉に漬けて、充分水を含ませる。含ませるたんびに、碌さんの顔へ、汗と膏と垢と温泉の交ったものが十五六滴ずつ飛んで来る。「こいつは降参だ。ちょっと失敬して、流しの方へ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・長い手はなおなお強く余を引く。余はたちまち歩を移して塔橋を渡り懸けた。長い手はぐいぐい牽く。塔橋を渡ってからは一目散に塔門まで馳せ着けた。見る間に三万坪に余る過去の一大磁石は現世に浮游するこの小鉄屑を吸収しおわった。門を入って振り返ったとき・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・二疋は両方からぐいぐいカン蛙の手をひっぱって、自分たちも足の痛いのを我慢しながらぐんぐん萱の刈跡をあるきました。「おい。よそうよ。よして呉れよ。ここは歩けないよ。あぶないよ。帰ろうよ。「実にいい景色だねえ。も少し急いで行こうか。と二・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ 王子は大臣の子の手をぐいぐいひっぱりながら、小声で急いで言いました。「さ、行こう。さ、おいで、早く。追いつかれるから」 大臣の子は決心したように剣をつるした帯革を堅くしめ直しながらうなずきました。 そして二人は霧の中を風よ・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・おや地震か、と思う間もなく、震動は急に力を増し、地面の下から衝きあげてはぐいぐい揺ぶるように、建物を軋ませて募って来る。 これは大きい、と思うと私は反射的に机の前から立上った。そして、皆のいる階下に行こうとし、階子口まで来はしたが、揺れ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫