・・・勝子はぐったりとなっていた。逆にしても水を吐かない。兄は気が気でなく、しきりに勝子の名を呼びななら、背中を叩いた。 勝子はけろりと気がついた。気がついたが早いか、立つとすぐ踊り出したりするのだ。兄はばかされたようでなんだか変だった。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・彼は、ぐったり雪の上にへたばりそうだった。「あほらしい。」 丘のふもとに、雪に埋れた広い街道がある。雪は橇や靴に踏みつけられて、固く凍っている。そこへ行くまでに、聯隊の鉄条網が張りめぐらされてあった。彼は、毎晩、その下をくぐりぬけ、氷で・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・皆な疲れてぐったりしていた。どうしたんだ、どうしたんだ、と云う者があった。ある者は雪の上に腰をおろして休んだ。ある者は、銃口から煙が出ている銃を投げ出して、雪を掴んで食った。のどが乾いているのだ。「いつまでやったって切りがない。」「・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・暫らくするうちに、二人のワイシャツはへと/\に疲れ、棒を捨てて、首をぐったり垂れてしまった。……「そら、爺さんがやって来たぜ。」 やっと丘の上へ引っかえして、雑草の間で一と息ついていた留吉が老執達吏を見つけた。「どれ、どこに?」・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ 仁助は、片隅でぐったりしている京一にごつごつ云った。 冬の寒い日だった。井戸端の氷は朝から、そのまま解けずにかたまっていた。仕事をしていても手は凍てつきそうだった。タバコが来ると、皆な急いで焚き火の方へ走って行った。「京よ・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・寒いのと、おそらくひもじいのと両方で、からだをぶるぶるふるわせ、下あごをがたがたさせながら、引きつれたような、ぐったりした顔をして、じろじろと、かぎにかかった肉を見つめています。 肉屋は、おどけた目つきをして、ちょいちょいそのやせ犬を見・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・はじめのうちは、或いは役者などがはいって来ないとも限らぬ、とずいぶん緊張していたのであるが、あまりの閑散に男爵も呆れ、やがて緊張の疲れが出て来て、ぐったりなってしまった。牛乳を三杯のんで、約束の午後二時はとっくに過ぎ、四時ちかくなって、その・・・ 太宰治 「花燭」
・・・結局は、十対六くらいで僕の負けになったのであるが、僕も青扇もぐったりしてしまった。 青扇は、勝負中は全く無口であった。しっかとあぐらの腰をおちつけて、つまり斜めにかまえていた。「おなじくらいですな。」彼は駒を箱にしまいこみながら、ま・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・束髪を結った一尺に二尺くらいの顔の女のぐったりと頬杖をつき、くるみの実ほどの大きな歯をむきだして微笑んでいるポスタアが、東側の壁にいちまい貼られていた。ポスタアの裾にはカブトビイルと横に黒く印刷されてある。それと向い合った西側の壁には一坪ば・・・ 太宰治 「逆行」
・・・きをかえて、客間とお勝手のあいだを走り狂い、お鍋をひっくりかえしたりお皿をわったり、すみませんねえ、すみませんねえ、と女中の私におわびを言い、そうしてお客のお帰りになった後は、呆然として客間にひとりでぐったり横坐りに坐ったまま、後片づけも何・・・ 太宰治 「饗応夫人」
出典:青空文庫