・・・――藁すべで、前刻のような人形を九つ、お前さん、――そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっと包めた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃありませんか。 敷居際へ、――炉端のようなおなじ恰好に、ごろんと順に寝かして、三度ばかり、上から・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ ――指を包め、袖を引け、お米坊。頸の白さ、肩のしなやかさ、余りその姿に似てならない。―― 今、目のあたり、坂を行く女は、あれは、二十ばかりにして、その夜、千羽ヶ淵で自殺してしまったのである。身を投げたのは潔い。 卑怯な、未練な・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・灘山の端を月はなれて雲の海に光を包めば、古城市はさながら乾ける墓原のごとし。山々の麓には村あり、村々の奥には墓あり、墓はこの時覚め、人はこの時眠り、夢の世界にて故人相まみえ泣きつ笑いつす。影のごとき人今しも広辻を横ぎりて小橋の上をゆけり。橋・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・私はまた、次郎や末子の見ているところでこころざしばかりの金を包み、黒い水引きを掛けながら、「いくら不景気の世の中でも、二円の香奠は包めなくなった。お前たちのかあさんが達者でいた時分には、二円も包めばそれでよかったものだよ。」 と言っ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・手を包めと云って紙を出す。手拭を出す。 鴎外の描写は、あざやかである。騒動が、眼に見えるようだ。そうしてそれから鴎外は、「皆が勧めるから嫌な酒を五六杯飲んだ。」と書いてある。顔をしかめて、ぐいぐい飲んだのであろう。やけ酒に似ている。この・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・睚眦の恨は人を欺く笑の衣に包めども、解け難き胸の乱れは空吹く風の音にもざわつく。夜となく日となく磨きに磨く刃の冴は、人を屠る遺恨の刃を磨くのである。君の為め国の為めなる美しき名を藉りて、毫釐の争に千里の恨を報ぜんとする心からである。正義と云・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫