・・・これは著者が晩年に僧侶になったためばかりでなく大体には古くからその時代に伝わったものをそのままに継承したに過ぎないであろう。とにかく全巻を通じて無常を説き遁世をすすめ生死の一大事を覚悟すべしと説いたものが甚だ多い。このような消極的な思想は現・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ こうして発達した西欧科学の成果を、なんの骨折りもなくそっくり継承した日本人が、もしも日本の自然の特異性を深く認識し自覚した上でこの利器を適当に利用することを学び、そうしてたださえ豊富な天恵をいっそう有利に享有すると同時にわが国に特異な・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・あの一九二三年の地震によって発生した直接の損害は副産物として生じた火災の損害に比べればむしろ軽少なものであったと言われている。あの時の火災がどうしてあれほどに暴威をほしいままにしたかについてはもとよりいろいろの原因があった。一つには水道が止・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・しかしこの一事だけでも新聞というものが現代の人心に与える影響はなかなか軽少なものではない。ほかの事はすべてさしおいても、「おそくとも確実に」というあらゆる「真」の探究者に最も必要な心持ちをすべての人からだんだんに消散させようとするような傾向・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・月が七句目のへんに来ているのは、表の月に照応してもう一度同じテーマを繰り返すことによって表の気分を継承した形である。そうして名残の表に移らんとする二句前に花が現われて、それがまさにきたらんとするほがらかな活躍を予想させるようにも思われる。さ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・しかしこの音楽はワグネルの組織ともドビュッシイの法式とも全く異ってその土地に生れたものの心にのみ、その土地の形象が秘密に伝える特種の芸術の囁きともいうべきであったろう。 已に半世紀近き以前一種の政治的革命が東叡山の大伽藍を灰燼となしてし・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・其処には敬称と嘲侮との意味を含んで居る。いつが起りということもなくもう久しい以前からそうなって畢った。彼は六十を越しても三四十代のもの、特に二十代のものとのみ交って居た。彼の年輩のものは却て彼の相手ではない。彼は村には二人とない不男である。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・えて自転車屋へと飛び込みたる彼はまず女乗の手頃なる奴を撰んでこれがよかろうと云う、その理由いかにと尋ぬるに初学入門の捷径はこれに限るよと降参人と見てとっていやに軽蔑した文句を並べる、不肖なりといえども軽少ながら鼻下に髯を蓄えたる男子に女の自・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・顔だけではあまり軽少と思いますからついでに何か御話を致しましょう。もとより演説と名のつく諸君よ諸君はとてもできませんから演説と云ってもその実は講義になるでしょう。講義になるとすると、私の講義は暗ではやらない、云う事はことごとく文章にして、教・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・一、二の例をいうて見ると、山水の景勝を書くのを目的としたものや、地理地形を書くことを目的としたものや、風俗習慣を書くことを目的としたものや、あるいはその地の政治経済教育の有様より物産に至るまで細かに記する事を目的としたもの、あるいは個人的に・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
出典:青空文庫