・・・れためぐりあわせではなく階級発展の歴史におけるある時期までは、すべてのインテリゲンチア、勤労者がことごとく既成の文化、芸術との関係ではそのような過程を通るのが必然であり、文学における過去の遺産の積極的継承の課題が常にいきいきとして、困難な課・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・……警鐘のようだが……』 よそでも騒いでいるらしい。扉をどたんばたんと鳴らす音が聞えた。誰かが屋敷内で馬の手綱をひいて駈けて行く。老婆が、本会堂へ泥棒が入ったんだよ、と怒鳴る。主人がそれを制し、『おっ母さん怒鳴るなよ。あれは警鐘じゃ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・一つの氏族内の母方の子供は、先任の酋長が男であろうと女であろうと選挙されればその地位を継承する権利を持っていた。このことは、もうその頃から女の力が、産業と毎日を生きてゆく家事との上で、どれ程大切な役目を持っていたかということを証明している。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・それだからといって、いや応なく戦争にかり立てられた過去の日本のわたしたちの犠牲は軽少ですんだとでもいうのだろうか。 平和のためという言葉が、日本語では独占資本の跳梁という意味だったり、世界平和の砦ということがファシズムの走り小僧という意・・・ 宮本百合子 「わたしたちは平和を手離さない」
・・・当時田辺城には松向寺殿三斎忠興公御立籠り遊ばされおり候ところ、神君上杉景勝を討たせ給うにより、三斎公も随従遊ばされ、跡には泰勝院殿幽斎藤孝公御留守遊ばされ候。景一は京都赤松殿邸にありし時、烏丸光広卿と相識に相成りおり候。これは光広卿が幽斎公・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・寝床は妻の寝室と同じであるとしても、軽症者の静臥すべきベランダにあった。ベランダは花園の方を向いていた。彼はこのベランダで夜中眼が醒める度に妻より月に悩まされた。月は絶えず彼の鼻の上にぶらさがったまま皎々として彼の視線を放さなかった。その海・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・題を捕えないのは、一つには目前に在るものの美しさに徹するということが、十分彼らの心情を充たすに足る大事業であるためであり、二つには目前の自然をさえ十分にコナし得ないものが、歴史的な、あるいは超自然的な形象を描き得るはずもないからである。また・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・主として画題選択の斬新であるが、時には珍しい形象の取り合わせ、あるいは人の意表にいづるごとき新しい図取りを試みる。しかしこれらの画家を動かしているものは、岡倉覚三氏の時代の自然観、芸術観であって、その手腕の自由巧妙なるにかかわらず、我らの心・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・しかも蓮の花以外の形象をことごとく取り除いて、純粋にただ蓮の花のみの世界として見せられたのである。これは、それまでの経験からだけではとうてい想像のできない光景であった。私は全く驚嘆の情に捕えられてしまった。 が、この時の驚嘆の情は、ただ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・が、この素焼きの円筒の中には、上部をいろいろな形象に変化させたものがある。その形象は人間生活において重要な意味を持っているもの、また人々が日ごろ馴れ親しんでいるものを現わしている。家とか道具とか家畜とか家禽とか、特に男女の人物とかがそれであ・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫