・・・ しかし自分の見る所では、科学上の骨董趣味はそれほど軽視すべきものではない。この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。科学上の新知識、新事実、新学説といえども突然天外から落下するようなもので・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・、こういう代表的なアカデミックな仕事ですらも審査員の眼界があまりに狭くてその部門のその問題の他の方面にまで眼が行届かないような場合には、そこに提出された論文のせっかくの狙い所が正常の価値を認められずに軽視されることも実際にあり得るのである。・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・古来数知れぬ刑死者の中にもおそらくは万一の助命の急使を夢想してこの激烈な楽しみの一瞬間を味わった人が少なくないであろう。 十四 日本人の名前をローマ字で書くのにいろいろの流儀がある。しかしまだ誰も Toyo ・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・このむすこも娘も主婦さんの継子だそうです。むすこはエーベルフェルドの電気工場に勤めているそうで、それがワイナハトには久しぶりで帰るというので、この間じゅうから妹娘が贈物する襟飾を編んでいました。とうとうできあがらないとこぼしていました。都合・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・古い一例を挙げれば清和天皇の御代貞観十六年八月二十四日に京師を襲った大風雨では「樹木有名皆吹倒、内外官舎、人民居廬、罕有全者、京邑衆水、暴長七八尺、水流迅激、直衝城下、大小橋梁、無有孑遺、云々」とあって水害もひどかったが風も相当強かったらし・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌されるのもやむを得ない事かもしれない。私はそういう音楽家の潔癖を尊重するものではあるが、それと同時に一般の音楽愛好者が蓄音機を享楽する事をとがめてはならないと思うものである。 蓄音機・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・在来の型以外のものに対して盲目な公衆の眼にはどうしても軽視され時には滑稽視されるのは誠に止むを得ぬ次第であるが、そういう人でも先ず試みに津田君のこの種の絵と技巧の一点張の普通の絵と並べて壁間に掲げ、ゆっくり且つ虚心に眺めて見るだけの手数をし・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 四「京師に応挙という画人あり。生まれは丹波の笹山の者なり。京にいでて一風の画を描出す。唐画にもあらず。和風にもあらず。自己の工夫にて。新裳を出しければ。京じゅう妙手として。皆まねをして。はなはだ流行せり。今に至りてはそ・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・宗教を軽視し、信仰を侮辱することもまた甚しいと言わなければならない。 わたくしは齠齔のころ、その時代の習慣によって、夙く既に『大学』の素読を教えられた。成人の後は儒者の文と詩とを誦することを娯しみとなした。されば日常の道徳も不知不識の間・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・その実を採って、わたしは草稿の罫紙を摺る顔料となすからである。梔子の実の赤く熟して裂け破れんとする時はその年の冬も至日に近い時節になるのである。傾きやすき冬日の庭に塒を急ぐ小禽の声を聞きつつ梔子の実を摘み、寒夜孤燈の下に凍ゆる手先を焙りなが・・・ 永井荷風 「十日の菊」
出典:青空文庫