・・・大きな荷物は彼等が必ず携帯する自分の敷蒲団と枕とである。此も紺の袋へ入れた三味線が胴は荷物へ載せられて棹が右の肩から斜に突っ張って居る。彼等は皆大きな爪折笠を戴く。瞽女かぶりといって大事な髪は白い手拭で包んでそうして其髷へ載せた爪折笠は高く・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・夜と云うむやみに大きな黒い者が、歩行いても立っても上下四方から閉じ込めていて、その中に余と云う形体を溶かし込まぬと承知せぬぞと逼るように感ぜらるる。余は元来呑気なだけに正直なところ、功名心には冷淡な男である。死ぬとしても別に思い置く事はない・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「あしたの饂飩が気になるから、このうち二個は携帯して行こうと思うんだ」「うん、そんなら、よそう」と圭さんはすぐ断念する。「よすとなると気の毒だから、まあ上げよう。本来なら剛健党が玉子なんぞを食うのは、ちと贅沢の沙汰だが、可哀想で・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・してみると uneasy もまた形態に関係のない目に見えぬ意味とは取りにくい。しかもその uneasy な有様はいつまで続くか無論わからないが、よし長時間続く状態にしても、いやしくも続いている間は、いつでも目に見える状態である。いつでも見え・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・爺さんは大喜びで、さっそく細君携帯で仏蘭西の大磯辺に出かけます。するとそこに細君と年齢からその他の点に至るまで夫婦として、いかにも釣り合のいい男が逗留していまして細君とすぐ懇意になります。両人は毎日海の中へ飛び込んでいっしょに泳ぎ廻ります。・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・とかいふ言葉がないのは不思議であるが、実際ニイチェの思想の中には、多くの矛盾した対立があり、且つ複雑した多要素が混入して居るので、単純にこれを一つの概念でイズムに形態化することができないのである。人々は各ニイチェの多様質の宇宙の中から、夫々・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・人工を便利にして形体の平安を増すのみ。されば平安の主義は人生の達するところ、教育のとどまるところというも、はたして真実無妄なるを知るべし。 人あるいはいわく、天下泰平・家内安全をもって人生教育の極度とするときは、野蛮無為、羲昊以上の民を・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・今日吾々日本国民の形体は、伊奘諾・伊奘冊二尊の遺体にして、吾々の依って以て社会を維持する私徳公徳もまた、その起源を求むれば、二尊夫婦の間に行われたる親愛恭敬の遺徳なりと知るべし。 夫婦親愛恭敬の徳は、天下万世百徳の大本にして更に争うべか・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・客観的に自己の死を感じるというのは変な言葉であるが、自己の形体が死んでも自己の考は生き残っていて、其考が自己の形体の死を客観的に見ておるのである。主観的の方は普通の人によく起こる感情であるが、客観的の方は其趣すら解せぬ人が多いのであろう。主・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 携帯口糧のように整理された文化の遺産は、時にとって運ぶに便利であろうけれども、骨格逞しく精神たかく、半野生的東洋に光を注ぐ未来の担いてを養うにはそれだけで十分とは云い切れまいと思える。 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアル・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
出典:青空文庫